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試し読み
「私の……その……裸を描くのは本当に『芸術』ですか?」
「……………………もちろんだよ」
「なんだかすごく間がありました」
「神に誓うよ。筆を動かしているあいだ、きみにいかがわしいことはしない」
「本当に?」
イライアスは満面の笑みで「うん、うん」と何度も首を縦に振った。
しかしどうしたものかと迷っているあいだも、イライアスは服のボタンを外していく。
「僕の両手を掴んで止めてくれていいんだよ」
「……っ」
言われずともわかっている。ところが両手はあたふたと空をさまようばかりで、いっこうにイライアスの手を掴もうとしない。
乗馬服の上着が肩から落ちる。
「ああ……いい子だね」
そんな言葉をかけられれば、着替えを手伝われる幼子のように、されるがまま袖から腕が抜ける。
「う、後ろ向きでしたら」
ああ、なにを言っているのだろう。
——後ろ向きにしろ、公爵様に裸を見せるなんて! それにこんなところで……。
屋外で裸になるなどレディとしてあるまじき行為だ。いや、芸術のためならば問題ないのだろうか。
混乱して、思考がうまく働かずにきっと「後ろ向きなら」などと大胆な発言をしてしまったのだ。
「モデルになってくれるんだね、嬉しいよ。……ではさっそく僕に背を向けて」
「いえ、そのっ……」
早く訂正しなければと思うのに、口も体も思うように動かせない。心臓が、いまだかつてないくらい激しく脈を刻んでいる。
彼に背を向けるなりドレスだけでなくコルセットとシュミーズまでも肩から落とされてしまった。イライアスがドロワーズにまで手をかけるので、リネットは「ひっ」と悲鳴を上げる。
「し、下も脱ぐのですか!?」
「当然だよ」
いくらなんでもこれはいけない。頭ではわかっているのに、体が言うことをきかなかった。身に着けていた衣服はすべてが地面に落ちて、本当に裸になってしまった。陽射しがあるので寒くはないが、そういう問題ではない。
「どうぞこちらにお座りください、お嬢様」
うやうやしくそう言ってイライアスは白い布を叢の上に広げた。
「ずっと立ったままでは辛いだろうから、ね?」
「……っ」
うろたえながら、おずおずと膝を折る。
「これ、ありがとう」
突如として目の前に筆が現れた。胸を押さえる両腕に力がこもる。
「きみがくれたものだよ。今日が筆おろしだ」
「そ……そうですか」
違う、礼を言うのはこちらだ。
——きちんと服を着たら、言う……!
イライアスが離れるのがなんとなくわかった。リネットはちらりと後ろを振り返る。彼は叢の上に胡坐をかき、キャンパスを片手で支えて真剣な表情で手を動かしている。
「ああ、そのまま少し顔を見せていて」
「は、はいっ」
「ずっとでなくていいからね。首が痛くならない程度に、前を向いたり反対のほうを見たりしていいから」
無言で頷く。暖かな陽光とそよ風に眠気を誘われたが、ここで寝そべるわけにはいかない。
「できたよ」
筆のときと同じように、頭上から突然キャンバスが下りてきた。リネットは大きく目を見開く。
「きれい。私じゃ……ないみたい」
「紛れもなくきみだよ。リネットは美しい。身も心も」
イライアスはキャンバスを叢の上に置いてリネットのすぐ後ろに座った。
「さあ、揉み解してあげよう。ずっと動かないでいたせいで肩が凝っただろう?」
「えっ? いえ、適度に動かしておりましたから平気です」
「まぁまぁ」
いったいなにが「まぁまぁ」なのだ。宥められるのはおかしい。
彼の両手が肩に添う。
「ひゃっ!」
リネットは全身をびくりと弾ませる。
「僕の手、冷たかった?」
「い、いえ……そういうことではなくっ」
「きみの体はとても温かいよ。もっと……いろいろなところに触れてみたいな」
その言葉を聞いてリネットは震え上がる。
「肩を揉み解してくださるのではなかったのですか?」
「肩だけだとは言っていないよ。揉み解すのは全身だよ」
「ぜんしん!?」
たどたどしくおうむ返しするリネットに後ろから頬ずりをしてイライアスは「はぁ」と息をつく。リネットは瞬時に総毛立った。
「公爵様、息遣いが変態的に荒いです!」
「そう? でも仕方がないよ。リネットが無防備だから」
「服を脱がせたのは……っ、公爵様です」
「んん、そうだね」
イライアスの両手が腕のほうへと下りてきて、そのまま手の甲を覆う。必死に胸を押さえている指のあいだに指を絡ませられると、無性に恥ずかしくなった。
「それ、やっ……やめて、ください」
「……どうして?」
「な、なんだか……恥ずかしい」
「恥ずかしい? なぜだろうね」
なおも指を弄ばれ、頬が熱くなってくる。
『体の相性を確かめてみても』という従姉の言葉が脳裏をよぎる。
——セルマがへんなことを言っていたから、意識しちゃうじゃない……!
リネットは首をぶんぶんと横に振り「気を確かに持たねば」と自身を鼓舞する。
「公爵様! いかがわしいことはしないと、おっしゃいましたよね」
「筆を動かしているあいだは、ね。いま僕は絵筆を持っていない」
「そんな……」
「あぁ、きみはいい匂いがする」
イライアスはリネットの首筋に顔を埋めて大きく息を吸う。
「ひゃっ……!」
彼の吐息がくすぐったくて、両手に力が入らなくなる。それを、イライアスは逃さない。リネットの両手を胸から引き離して覗き込む。
「や、やっ! 見ないでください」
肩越しに視線を感じる。見られている、剥きだしの乳房を。
「……いやだ。やっと見ることができたんだ」
唸るように言って、イライアスは嘆息した。
「こちら側もぜひ、今度キャンバスにおさめさせてほしい。大丈夫、だれにも見せないから」
そういうことではない。他のだれも目にすることがなくとも、イライアスに見られるというだけで全身が熱くなる。
「見ちゃ……だめ、公爵様」
「そんな、誘うような声を出さないで」
「誘ってなんか……!」
イライアスの両手が肘の内側をなぞって胸元へと伸びていく。
「あ、ぁっ……」
彼の手を止めなければそうなるということはわかりきっていたのに、両腕には力が入らずただ見ていることしかできなかった。
大きな手のひらがふたつの膨らみを掴んで押し上げる。自分の乳房の形が変わるのを見て、喩えようのない焦燥感を覚えた。
首筋をちゅうと吸われて、いまだかつて経験したことのない感覚に苛まれたリネットは大きく口を開く。
「こ、こんなの……っ、芸術詐欺ではないですか!」
自分自身に起こっている正体不明の変化が恐ろしくなって言った。
「うん……きみの言うとおりだ。芸術にかこつけて、きみを裸にして……こんなふうに胸を揉みまわすなんて、僕は卑怯だ」
自虐的な言葉とは裏腹にイライアスは両手に収めている双乳を手放そうとしない。
「許してほしい、リネット」
吐息を含んだ声を耳に吹き込まれ、手足の端々を火で炙られているような衝撃に見舞われる。
「どうかもっとはっきりとした態度で突っぱねてほしい。そうでないと僕の手は止まらない」
膨らみの中央にちょこんとついている薄桃色の棘をふたつともつまみ上げられる。
「やぁっ! あ、あぁっ……んぅっ」
尖りの根元を親指と中指で挟まれ、揺さぶられている。リネットは「ふあぁあ、あぁっ」と嬌声を上げながら金髪を振り乱して身を捩った。
「あれ……どうしたのかな。もしかして、気持ちがよくなってしまった? 高い声が出ているね」
リネットはとっさに口元を押さえる。
「そっ……ちが……私……っ」
口を押さえたまま言いわけする。いや、弁明になどなっていない。意味のない言葉を並べているだけだ。
「リネットのここ……この鮮やかな色をぜひ絵に起こしたいものだ」
「あ……ぅぁ、んっ」
胸の先端の色づいた部分を指でじっくりと辿られる。つい先ほど己の非道を反省するようなことを言っていたのに、もう忘れてしまったのかイライアスは膨らみの尖りにすっかり夢中になっている。
——でも……私だって……。
いつものように、もっとはっきりと「やめて」と叫んで押しのければよいのだ。
イライアスの両手にはさほど力は込められていない。いますぐに立ち上がって彼から離れ、服を着ればよいだけだ。
「う……ふ、うぅ」
それなのに、その単純な行動ができないでいる。つかず離れずの力加減で乳輪を撫でられているせいだろうか。
秘めやかな箇所に触れてくる指を不快だとは思わなかった。羽根で撫でつけるようにそっと、何度も乳輪の際を擦られる。
「ん、んんっ……!」
肩を竦ませて天を仰ぐ。
——私……気持ちがいいのだわ!
なんということだ、彼の言うとおりではないか。
自覚するのと同時に、押さえ込んでいたものが爆ぜたように下腹部がどくんっと脈を打つ。手足の先が、甘さのようなものを伴って痺れた。耳にまで熱が立ち上り、座り込んでいるというのに空中をふわふわと漂っているような錯覚に囚われる。
「それにしても、きみはどこもかしこもこんなに柔らかかったんだね……」
イライアスの右手が太ももを撫で、腹部を通って上ってくる。やんわりと乳房を掴まれた。
「やっと触れることができた。僕がずっと、こんなふうにしたかったことをきみは知っている?」
「し、知りません。……んっ、んぅ」
「柔らかくて、まろやかで……すごく触り心地がいい。胸の先についているこの棘も、鮮やかですごく可愛らしい」
「やっ、言わないで……!」
「口に出さずにはいられないよ。この感慨を自分の中に留めておくことなんてできない。きみに、聞かせたい」
「そんな……ふっ、うぅ……んんぅっ」
それぞれの乳房を持ち上げられ、円を描かれる。押しまわされるたびに快感が強くなっていくようだった。
——こんなところで胸を触られて、気持ちがいいなんて。すごく淫らなことなのでは……。
心の中で秘かに自問した。ところが、そう思うとよけいに全身がピリピリとした戦慄きに包まれ、いたたまれなくなった。
——本当にどうしてしまったの!?
生まれて初めて自分自身のことを恐ろしいと思った。彼の両手で変貌していくこの体が、恐ろしい。
「……っ、んん?」
——お尻に、なにか……硬いものが当たってる。
振り返れば、イライアスは苦悶したように眉根を寄せていた。
「ごめんね、リネット。すごく興奮してしまって……。気にしないでくれ」
——だったらどうして押しつけてくるの。気にしないなんてできない……!
そう言えなかったのは、相変わらず胸を形が変わるほど揉みくちゃにされているせいだ。
イライアスはリネットの首筋に顔を埋めて、
「取り返しがつかなくなる前にやめなければ」
自分に言い聞かせるようにそう言った。すぐに言葉を足す。
「だが……離しがたい。もう少しだけ……」
彼の左手が肌を伝ってするすると足の付け根のほうへと下りていく。
「んぁ、あ、あっ……」
雄々しい手のひらが太ももの内側を撫で摩る。なんでもないところを撫でられているだけだというのになぜ、全身が粟立つのだろう。
「う……ふぅっ」
短く強く息を吸って、長くゆっくりと吐きだすことで順応しようとする。彼に抵抗するという考えは彼方へ吹き飛んでしまった。
内股を摩っていた長い指先が足の付け根の中央へと進んでいく。リネットはそれを、ただ息を呑んで見ていることしかできない。
人差し指の先端が、秘園の端を捉える。リネットは声もなくびくんっと全身を弾ませた。
「あぁ、よかった……。きちんと濡れているみたいだ」
「ぬ、濡れ……えっ……?」
ガヴァネスには男女のあれこれについてほとんど教わっていない。「男性にすべてお任せすればよいのです」としか言われなかった。
「知らないの? 気持ちがよくなると、ここから蜜が溢れだすってことを」 -
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