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試し読み
エリーザが手燭を持って王の寝室に行くと、王はガウン姿で寝室奥にある書き物机に向かって何か書いていた。
「来たか」
「はい、仰せのままに参りました」
「よし、ここに灯りを置け」
エリーザは相当な決意をしてやってきたが、王の要件は執務の手伝いだったのかと拍子抜けした。マホガニーの重厚な机の上にはたくさんの文書や本が積まれていて、王は昼間では片づかなかった政務を夜更けまでこなしているのだ。
「何かお手伝いできますでしょうか?」
「座れ」
どこに椅子がと思う間もなく、彼女の腰がぐいと引き寄せられて、王の足の上にすとんと腰をおろす格好になってしまった。
「あっ、申し訳ありません」
エリーザは慌てて立ち上がろうとしたが、下腹を押さえるように王の手が抱え込んでいて動けないのだ。彼女は王の膝の上に座るという失態を犯してしまったのだが、そのエリーザのガウンが肩から滑り、柔肌が垣間見えたところに王が唇を押し当てた。
「ひ……っ」
「ペンを持て」
「はっ、はい」
エリーザが言われるままにペンを持つと、ユリアン王がその上から彼の大きな手で包み込むようにした。
「これから私が言う文言を綴るんだ」
「はい」
とは答えたものの、うなじに彼の息があたってぞくぞくしてしまい、美しい文字を書ける自信がない。
「仰せのとおりに書きますので、どうかお離しください」
「私に指示するな」
背中や太腿に、夜着越しではあるが王の体温が伝わってくる。彼は今も、エリーザの首筋に顔を埋めていて、くすぐったさと恥ずかしさで動悸が激しくなってきた。
「『大切なお母様へ』……さあ、書くんだ。これは公式文書ではないから乱れた文字でもかまわない」
「はい、たいせつな、おかあさま、へ」
エリーザはこの体勢でできる限り丁寧に文字を綴った。国王のお母様というのは王太后のことだ。王太后への手紙であれば、公式でなくとも乱れた文字ではいけないと思う。
「書きました」
「次はこうだ。『みなさまつつがなくお過ごしですか。わたしはヴィルツ国王ユリアン・アンドレアス・ヴィルシュテッターの寵愛を得て、豊かで美しい日々を過ごしております。わたしはとても幸せでございます。どうぞご心配なさらぬように』……どうした、手が止まっている」
「陛下? これはどなたか他の女性の代筆ではございませんか?」
「そうだ。些末な作業で寝る間も削られるからおまえに書かせている」
どうやら王の恋人の近況を親元に知らせる手紙らしい。こんなプライベートなものを覗き見るようなことをしていいのだろうか。
しかし、彼女は美しい文字を書くことに集中しようとしたが、王の手は今はエリーザの胸元へと移動して、柔らかい膨らみに触れてきたのだ。
「あん……っ、ああ、文字が……」
「乱れてもいいと言った。書いたか?」
「お待ちください、もう少しです。……豊かで美しい日々を……」
「どうぞご心配なさらぬように、の後は署名だ」
「はい……書きました。そのお名前をお教えください」
「自分の名前も忘れたのか、それとも綴りが難しいか? エリーザ・シャタニエだ」
「え……、陛下?」
「書き終わったか?」
「陛下、これはどういう……?」
「文面のままだ、おまえがアルトロワの母親に出す手紙だ」
「おっしゃる意味がわかりません。このようなでたらめを書くわけには——」
「これから事実にするんだ」
彼はそう言うと、エリーザの手を掴んで強引にサインを書かせた。
そして彼女を抱き上げるとベッドへと歩いた。
「陛下、何をなさるのですか?」
「今書いた手紙を事実にすると言ったはずだ」
「そんな……ん」
それ以上抗おうにも、唇が塞がれてしまった。
ベッドに押しつけられ、口づけられていたのだ。
強制的で唐突なキスなのに、思いがけずやさしく重ねられた唇。
力でねじ伏せるというよりは、その甘さで体を縛るような口づけだ。エリーザの心臓は早鐘のように鳴り、胸で喘ぐと王はようやく唇を離した。
「こんな夜更けに寝所に来て、何もないと思ったか?」
「陛下……どうか……っ」
許しを乞う間もなく、再び口づけられてしまった。エリーザの肩に王の髪が垂れかかってさわさわとくすぐる。
彼女の両手首は王の手によってベッドに縫いつけられ、夜着が乱れてむき出しになった両足は彼の膝に捉えられてしまい、暴力的ではないのにわずかも動けない。
そして唇から痺れ薬でも流し込まれたみたいに、エリーザは思考力を次第に失っていく。
湯浴みをしている間に、こういう事態を何度も想像した。国王に抵抗したらどうなるのだろうとか、受け入れたら自分の心がどうなるのだろうと繰り返し考えたはずなのに、この陶然とした心地良さだけは想像できていなかった。
唇が触れ合うだけで、全身がびりびりと震えて熱くなるなんて知らなかった。
「ん……ん」
自分でも何を訴えようとしているのかわからないが、エリーザは小さく呻く。
ここに来る前に、エリーザは何があっても贖罪としてその身に受けることを決意してきたのだ。だから隙をついて逃げようとは思っていないが、このうっとりする口づけの威力には驚きと恐怖を感じてしまう。
それを心地よく感じてしまう自分が怖い。
このままいけば、神にも家族にも認められず祝福されない関係に落ちて汚されていくというのに、エリーザの唇は甘く蕩け、従順に彼の唇を受け入れているのだ。
永遠に続くかと思ったやさしいキスだが、次は王の舌がエリーザの唇を開かせようとした。
エリーザはどうしていいかわからなかった。
口づけというものが、どうやって進んでいくのか知らない。
彼が何をしようとしているのかもわからない。
すると、ベッドに押しつけられていた手首が離され、その代わりに顎を掴まれた。
次の瞬間、エリーザの歯列をこじあけて彼の舌が侵入を始める。
舌と舌が触れて、微かなワインの味がした。アルコールがエリーザの舌に広がり、また思考力を奪う。柔らかく濡れた舌と舌の接触は、唇を合わせている時よりはるかに濃厚で淫靡な感じがした。そこで受ける刺激が体中に回っていく。
甘美な毒みたいに、エリーザの理性をなぎ倒し、体を蕩かしていく。
捉えられていた両手首は解放されていたが、エリーザにはもう抗う力はなくなっていた。丹念に繰り返される熱いキスに全てのエネルギーが吸い取られてしまった。
彼女を解放したユリアン王の手が、エリーゼの夜着を静かに剥がしにかかっていることにも気づかない。淫靡に舌を絡め取られ、体の中まで浸透していく彼の香りに酔い、皮膚を覆っている絹の布の存在などどうでもよくなってしまう。
「ん……ううん」
エリーザが息苦しさについ喘いだ時、ユリアン王が彼女を放して顔を上げた。
「王の寵愛は気に入ったか? しかしまだまだだ。おまえを天国に行かせてやろう」
そう言って両腕をエリーザの肩の横について見下ろす彼は、天国への案内人というよりは悪魔みたいに見えた。
しどけなく梳き放した黒髪が、彼の肩や背中に垂れていて——そんな時も、何かの呪いのように細いひと房の髪だけは縛られていたが——大天使にしても悪魔にしても、どちらにしても自分の住む世界の生き物ではないと思える。
王はエリーザの腰を跨ぐようにして膝をついていたのでエリーザの下肢は全く動かせなかった。彼の夜着は腰の辺りでくしゃくしゃになっており、上半身だけむき出しになっている。鍛えられた体には筋肉がしっかりついており、広い肩から引き締まった腰へと下りるラインは、若い男の体を見たことのないエリーザの目を釘付けにしてしまった。
同時に、エリーザの夜着も乱れてほとんど自分の体を隠していなかったことに気づいた。
「あ……っ」
一瞬我にかえって、胸を隠そうとしたが遅かった。同は片手で難なくエリーザの両手首をひとまとめに掴み、彼女の頭上へと引き上げた。
「陛下……お許しください」
「ここでやめろと?」
「いいえ、そうは申しません。でも……恥ずかしい、です」
すると、彼は切れ長の目を細めた。その視線はエリーザの無防備にさらけ出された、弾けるような乳房に向けられていた。男の視線を初めて浴びた彼女の肌は、羞恥心のために薄紅色に染まっていた。
「私はかまわんし、おまえの肌を味わうのだ、衣などいらない。隠すことも許さない」
そして、彼は空いたほうの手でエリーザの乳房を支えるようにして掌にすっぽりと収め、ゆっくりとこね回した。
「あ……っ、あ、陛下……」
「私の手には少し小さいが、感触は最高だ」
辱めを受けているというのに、その手は貴重な宝石を扱うようにやさしい。羽先で触れるように、彼の手の中でエリーザの胸の突端が刺激されて、次第に硬く膨らんでいくのがわかる。こんなことは初めてで、自分の体で何が起こっているのかわからない。
「ほら、おまえの体も気持ちいいと言っている」
王の指先がエリーザの胸の尖りを摘まんだ時、彼女の体を悩ましい感覚が駆け巡った。
「あっ、いや……っ」
びくんと体が硬直し、爪先が小さく痙攣した。
「感じているじゃないか」
王は満足そうにそう言って、エリーザの喉元に口づけをした。
「ああ、あ——」
甘美な刺激が何度もエリーザを襲い、そのたびに彼女はか細い悲鳴を上げた。
王の愛撫に反応して、全身が痙攣と弛緩の小さな波を繰り返す。
その中でも、最も疼く場所が体の奥にあることに気づいた。
それは熱く溶けてわななき、甘露を滴らせ始めているのだ。
無意識に内腿を擦り合わせてしまう。腰もかすかにうねってしまう。
それが王に伝わってしまったら、死ぬほど恥ずかしい。
「いい声で啼く……こらえるな、もっと叫べばいい」
彼は耳元でそう言うと、自分の体をエリーザから少しずらした。
そして彼女の肩にキスをし、甘噛みをしながら彼女の足のあわいに手を入れた。
「あ……!」
エリーザが体を強張らせた。反射的にきつく閉じたはずの膝を割って、太腿を掴まれた。
「ひ……っ」
かろうじて全裸にさせられるのを阻んでいた夜着が乱暴に引き剥がされてしまった。王の手はエリーザの体を開いたまま緩めてくれない。
「いや、……陛下……お許しください。そこは……だめ」
エリーザの懇願もむなしく、王の長い指が滑り込んでくる。さっきから疼いていたその場所に彼が触れた。合わさっていた花芯を開かれる。くちゅりと湿った音がエリーザを打ちのめす。
「いい反応だ。これを見ろ」
恥辱の愛撫が止んだと思うと、目の前に王の濡れた指が差し出された。夜露をまとった蜘蛛の糸みたいな雫がその指先から滴り落ちている。
「そら、こんなに感じて濡れている。だがもっと溢れるほど慣らさなくては」
再び彼の指はエリーザの内に潜り込む。
「あ、や——」
彼は甘露の滴りを楽しむように、彼女の秘部に指先を入れてゆっくりと動かした。さらに潤ってくると、彼は二本目の指を加えて濡れ襞を開いていく。最初は少し抵抗があって微かな痛みを感じたが、すぐに奥から溢れる蜜で滑らかな動きになった。
「ん、あ、……は……」
怖いのに心地良さも感じてしまう。エリーザは背筋をぐいと逸らしてその異物感を散らそうとしたが、もうその得体の知れない感覚の虜になってしまいそうだった。
王の指は長くて、彼女自身が触れたこともない蜜洞の奥まで至った。
指先がぬるぬると柔らかく触れて蜜襞のぜん動を誘い、どんどん溢れさせる。
粗相をしたかと思うほど足の間が潤ってきて、そのことがまた恥ずかしい。
「陛下……お許し下さい、恥ずかしゅうございます……お願……っ」
突然、もやもやとくすぶっていた官能の淀みが弾ける。
「ああ——っ」
自然に彼女の背中が強張って体がぴくんと浮いた。
あまりの心地良さに意識が飛びそうになる。
「痛かったか?」
低く艶めいた声が耳元で囁く。エリーザは首を振って否定した。
王は彼女をやさしく抱きしめて言う。
「そうだろう。痛みなど与えないから安心しろ。心がいくら拒んでも体はこうして開いていくし」
いっそ痛みを与えてほしい、とエリーザは思った。そうでないと贖罪にならない。
陛下の慰み者になるのだと悟り、悲痛な覚悟をもってここにやってきた。この罰を受けた後は、もう朗らかな自分はいなくなっているだろうと諦観し、無邪気な自分と決別して王の寝室を訪れたのだから、快楽を感じたりなんかしてはいけない。
王の指がさらに増えて内襞を押し広げようとしたが、エリーザの深部は既に十分に潤っていて、痛みなど感じなくなっていた。
「困ります……、困ります」
とエリーザは言った。
「何が?」
「痛みを与えてくださらないと、困るのです」
「……何を言っている?」
そうだ、自分は奇妙なことを口走っている。
この気持ちを説明なんかできないのに。
自分がかつて、少年期の彼を助けるつもりで窮地に陥れたらしいこと、そしてそれがエリーザだとは知らずに彼が憎んでいることをどうやって理解してもらえるだろう。
全て打ち明けられないのは、そのことで王があの恐ろしい靄に包まれることだけは絶対にあってはならないと思うからだ。
「もっと激しくしてほしいのか?」
王は誤解して、エリーザの中に収めていた指を大きく動かした。
「ぁ……っ」
その瞬間、唇から漏れた声があまりにも艶めいていて、自分のものではないように思えた。王はさらに強く擦りあげたが、濡れ襞は収斂して彼の指を締めつけ、官能の滴を溢れさせる。小さな快感の波に繰り返し襲われて、エリーザの声が掠れてきた。
「顔に似合わず淫らな体だ。そろそろ一度解き放ってやろう」 -
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