- 著者:月城うさぎ
- イラスト:DUO BRAND.
ページ数:290
発売日:2022年8月3日
定価:690円+税
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あらすじ
君の一番の座は全部奪いたい
引きこもり令嬢、朝起きたら横にいたのは……隣国の王太子!!「可愛いお尻を見せてほしい」舞踏会の翌朝、同じ寝台にいた隣国の王太子エリアスに言われ、メリルは思わず頬を叩いてしまう。エリアスは、昔から夢で逢瀬を重ねてきた君と結婚するとメリルに宣言する。とまどうものの甘い触れ合いは嫌ではない。耳に淫靡な水音が響けば甘い痺れが駆け巡る。でも夢の乙女は自分ではないという疑いを消せなくて…!?
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キャラクター紹介
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メリル
リンデンバーグ国の侯爵令嬢。学者気質で本が大好き。低い声がコンプレックス。 -
エリアス
グロースクロイツ国の王太子。幼い頃から夢で逢瀬を続けた乙女に恋している。
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試し読み
「へえ、それは砂糖菓子か? 寝る前に食べるお菓子というのは、いけないことをしている感じでいいな」
エリアスがクスクス笑う。
メリルも思わず頷いた。
「子供の頃は叱られますものね。虫歯になってしまうと言われて」
ギモーヴをいくつか皿にのせて、熱々のハーブティーと共に味わう。
エリアスが一個ギモーヴを掴むと、しげしげと眺めて呟いた。
「唇みたいな柔らかさだな。君の唇もこの菓子のように弾力があっておいしかった」
「……っ」
「僕の唇はいつでも味わわせてあげるぞ」
エリアスがからかいの混じった微笑を浮かべた。
「お、お気持ちだけで……」
メリルからキスがしたいなどと言うことはできない。
「まあ、今は我慢しよう。これは僕が食べさせてあげようか。さあ、口を開けて?」
――まさかジョエル様から直接話を聞いていたんじゃ……?
いや、それならそう言っているはずだ。どんな会話をしていたか知らないはずなのに、エリアスはジョエルの意図通りにメリルを翻弄する。
メリルは大人しく口を開くと、むにゅりとした感触が口の中に広がっていく。
柔らかくてずっと触れていたい感触だ。口の中にフランボワーズの果汁が溶けだし、メリルの表情が崩れた。
「おいしいです……」
「おいしく味わうメリルごと食べたくなった」
「私は食べ物ではないので、味わうならこちらを」
檸檬色のギモーヴを手に取り、エリアスの唇に押し付けた。
自分の指が彼の唇に触れているわけではないのに、なんだか自分からキスをしているようだ。エリアスの視線に甘さが混じったからだろうか。
唇の隙間に入ったのを確認し、指を離そうとする。が、エリアスが何故かメリルの手首を掴み、そのままメリルの指ごとぺろりと舐めた。
「ひゃ……っ」
粉砂糖がついた指も丹念に舐められる。ざらりとした舌の感触が生々しくて、メリルの顔に熱が集まった。
「甘い。メリルに食べさせてもらったからもっと甘く感じられたようだ」
「そんなことは……」
至近距離で目を覗きこまれる。
エリアスのアメジストの瞳に吸い込まれそうだ。
「ねえ、メリル。君の唇も食べたいんだが」
直球で尋ねられた。
メリルの心臓が途端に騒がしくなる。
――手が離れない……。
繋がれた手をそのままにして、メリルは視線を彷徨わせた。エリアスとキスをすることを想像すると、胸の鼓動がさらに落ち着かなくなる。
「二回目のキスをさせてくれないか」
指先にキスを落とされた。少し湿った感触が肌を粟立たせる。
――ギモーヴよりしっとりしている……。
触れられている箇所に神経が集中してしまいそうだ。
「嫌じゃなかったら頷いてほしい。ダメだったら首を横に振って」
「……っ」
本音を言うと、少しだけ期待していたかもしれない。エリアスのキスは甘くて胸がいっぱいになって、嫌いではなかったから。
もう一度確かめてもいいかもしれない。本当にエリアスとのキスが気持ちいいのか、二回目なら冷静に判断できるだろう。
そう思い、メリルは頷いていた。
エリアスは強引だが、こうして確認してくれるところが優しい。
「よかった。僕に触れられても気持ち悪いと思われなくて」
「そんなことは……」
エリアスの手がメリルの頬に添えられる。
そっと上を向かされたと同時に、エリアスの唇が落ちてきた。
――やっぱり柔らかい……。
先ほど食べたギモーヴの感触と比べてしまいそうだ。ふにっとした唇は少ししっとりしていて、かさついた感触が一切ない。
触れられただけで胸の鼓動が激しくなる。体温も上昇し、不整脈を起こしているのではないか。
「昨日言い忘れたけど、キスをするときは目を閉じるんだ」
エリアスがリップ音を奏でてから囁いた。
彼の吐息を直に感じ、メリルは咄嗟にギュッと目を瞑る。
「もう一回してもいい、いや、してほしいというおねだりかな」
「え」
メリルが目を開けようとするよりも早く、エリアスに唇を塞がれた。今度は触れ合うだけではなく、彼の舌先がメリルの下唇をそろりとなぞった。
「ん……っ!」
思いがけない感触がメリルの肌を粟立たせる。
驚きと共に口が半開きになった。
その隙に、エリアスの舌がメリルの口内に侵入する。
――……ッ!
エリアスの舌が粘膜を舐める。
逃げ場所もなく縮こまるメリルの舌をねっとりと絡ませられて、どちらのものともわからない唾液を飲み込んだ。
わずかに檸檬の味がする。先ほどエリアスが食べたギモーヴの味だろう。
――やっぱり息が、苦しい……。どうやって呼吸したら……。
つかの間呼吸の仕方を忘れているようだ。頭がクラクラする。
「メリル、鼻で息をして」
そう告げた後もエリアスはメリルを貪ることを止めない。
気づけば彼の膝の上に乗せられて、ギュッと抱きしめられながらキスをされていた。肩にかけていたショールも長椅子に落ちている。
不埒な手がメリルの太ももから腰をさすり、ぞわぞわした震えが止まらない。そのまま手がメリルの胸に触れた。
「……っ!」
丸いふくらみを確かめるように優しく触れられる。胸の頂を避けて乳房を撫でられた。そのもどかしい触れ方が逆にメリルの官能に火をつけたようだ。じくじくと胸の蕾が疼き始める。
――恥ずかしいのに、もどかしく思うなんて……。
身体がさらなる熱を期待しているようだ。胎内に熱が燻りだす。
メリルの神経はエリアスに支配されていた。彼と触れ合う場所が特別に熱く感じられてたまらない。
「……っ、エリ、アスさま……」
ようやく解放されたとき、メリルは涙目でエリアスを見上げていた。
酸素をうまく吸い込めていない気がする。呼吸は浅く、胸の鼓動も騒がしいままだ。何度も経験すれば慣れていくのだろうか。
「可愛いな。君の中に僕の体液が混じりあったのかと思うと興奮する」
「え……」
「もっとメリルを味わいたいが、さすがにこれ以上は嫌われたくないから自重しよう。どこも柔らかくて、理性が飛びそうになっていたが……メリルに触れているとどうしようもなく興奮してしまう」
メリルの耳にエリアスの熱がこもった吐息が吹きかけられた。
「ひゃあ……っ」
身体から力が抜けてしまう。
腰がビクンと跳ねて、ぞわぞわした震えが全身を駆け巡った。
「メリルは耳が弱いんだな」
チュッ、と耳にまでキスを落とされた。濡れた唇が生々しくて、お腹の奥が物欲しげにキュンと収縮する。
――こんな感覚知らない……。
身体の奥が熱い。自分の意思とは裏腹に官能を引きずり出されたかのよう。
だがこの甘やかな触れ合いは決して嫌ではなかった。恥ずかしさはあるが、エリアスから離れたいと思う気持ちも芽生えてこない。
もしかしたら自分は快楽に弱いのだろうか……。
そんなことを考えていたとき、エリアスがメリルの胸から手を離した。唾液で濡れたメリルの唇をそっと指でぬぐいとる。
「昨晩も思ったが、ようやく現実でもメリルとキスができたかと思うと、感動がひとしおだ。こうして体温を感じられるのも」
「……それは、夢では何度もキスをしていたということですか?」
「もちろん。子供の頃から数えきれないほど」
エリアスが嬉しそうに微笑んでいるだけなのに、彼の目の奥は怪しく煌めいている。情欲に濡れた瞳で見つめられると、恋愛初心者のメリルは微動だにできない。
「だが現実でキスをしたのは昨夜がはじめてだ」
「え、はじめて?」
「ああ、夢でも現実でもメリルとしかしたくない。僕は一途な男だからな」
――とてもはじめてとは思えない熟練さを感じましたが……。
舌をこすり合い絡め合うというのは、初心者がすぐに会得できるものなのだろうか。経験値がないため他者と比べることもできないが。
――もし私がエリアス様の夢の中の恋人だったら、何度もキスを経験しているということになるのよね。ただの夢ではなかったら、本当のお相手はエリアス様のキスを覚えているのかも……?
胸の愛撫とキスの余韻で頭がぼうっとしているせいか、いつになく非現実的な思考に陥ってしまう。いくらでももしかしたら、という可能性を考えられるからだろうか。
「メリル? すまない、疲れさせてしまったか。眠いなら僕が寝台まで運ぼう」
「……っ!」
ふわふわしていた思考がはっきり現実に引き戻された。
エリアスの膝の上から機敏な動きで立ち上がり、ついでに落ちていたショールも肩に羽織る。
「いえ、ご心配なく。おやすみなさい、エリアス様」
寝台まで運ばれてしまっては、今夜がなかなか終わらなくなりそうだ。それは困る。
――今夜はちゃんと自分の足で寝に行かないと。今朝は何故二人用の寝台に寝ていたのかはわからないけれど。
あまり深く考えてはいけない。自分で寝ぼけて彼の寝台に潜り込んだ可能性も否定しきれないのだから。
エリアスは名残惜しそうにメリルを見つめた。
「メリルの温もりが消えてしまったのがこんなに切ないとは。僕はいつでも君の体温を直に感じていたいのに」
「……お寒いのでしたら今度、エリアス様用にショールをお贈りいたしますわ」
ふわふわでもこもこの太い糸で、簡単な編み物なら作れそうだ。去年の冬に編み物の教本を読んだことがある。実践はまだしていないが。
「君からの贈り物ならいつでも大歓迎だよ。一生大事にして保管するし宝物は誰にも見せない」
「……いえ、実用品はちゃんと使っていただきたいですが」
エリアスの性癖を少し垣間見た気分だ。
宝物は大事に保管して誰にも見せたくないらしい。想像すると少し怖い。
「メリルとの会話が楽しくて夜更かししてしまいそうだな。大事な睡眠時間を奪うつもりはない。おやすみ、メリル。夢の中でも君に出会えることを楽しみにしているよ」
「……出会えるといいですね」
うまい切り返しが思いつかず、不自然な間が開いてしまった。
――今も目の前で話しているのに、夢にまで私を見たいって……もう十分では? 私は夢の中にまでエリアス様が現れたら、心臓がずっと落ち着かなくなりそう。
睡眠中はきちんと休息してほしい。夢なのか現実なのかわからないような光景は、ただ精神を疲れさせるだけではないか。
「……ちなみにですが、私は毎晩エリアス様の夢に登場しているのでしょうか」
ふと気になったことを口にした。
そういえばちゃんと確認したことはなかった気がする。
エリアスは熱い視線をメリルに向けながら、残念そうに首を左右に振った。
「いや、これまでも毎晩メリルが夢に現れたことはない。前回君が現れたのはこの城にやってくる前日だった。きっと僕が早く会いたくて、夢にも現れてくれたんだろうが……さすがに夢を自由自在に操ることはできないな。そうできたらどれほどいいかと何度も考えたが、魔術師にでもならない限り無理だろう」
「おとぎ話の世界に入らないといけませんね」 -
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