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試し読み
「ああ、あ、こんな……わたし……」
白い頬を真っ赤に染め、エーファは涙目でオスヴァルトを見つめる。
彼はこちらを見下ろして、普段は感じさせない雄の目をしていた。そこには欲望の炎が揺らぎ、彼が興奮しているのが伝わってくる。おそらく、自分も同じような顔をしているのだろう。そう思うと、ますます羞恥に体がこわばった。
「レーヴェニヒへ来てからは、長らくご無沙汰だったのだろう?」
揶揄するような声音に、薄い肩が震える。
罵られてなお、彼を好きな気持ちは消えることがない。それどころか、エーファがエーファのままであれば、きっと一生知ることのなかったオスヴァルトの一面を知って、いっそう愛情が深まる。
乱暴にされたとしても、ひどい言葉を投げつけられたとしても、彼に恋する気持ちは変わらなかった。
「胸だけでは不満か。ならば、もっといい声で鳴いてもらおう」
フロックコートを脱ぎ捨て、襟元を緩めたオスヴァルトが、軽々とエーファの両脚を持ち上げる。
「っっ……、駄目……っ」
「嘘だな。ここは、もう男を求めているとしか思えない」
両膝を彼の肩に担がれ、足を閉じることもできなかった。オスヴァルトの眼前に、秘めた蜜口がさらされる。愛撫によってしとどに濡れているのが、自分でもわかるほどだった。
「王女というのは、こんなところまで美しくできているのだな。それとも、入念な手入れでもしているのか?」
「見ないで、もう……っ」
「ハ! 見られているだけで、ますますあふれてくる。いやらしい体だ」
抗うこともできないエーファに、オスヴァルトが侮蔑と情慾の混ざりあった熱い声で笑う。
次の瞬間、彼は形良い唇をエーファの蜜口にあてがった。
「ぁ、あ、あっ……!」
それまでより、ひときわ高い声がこぼれる。
彼の唇が触れた場所が、ぎゅっとせつなくなった。唇と唇でキスをかわすように、オスヴァルトが蜜口を甘くふさぐ。
──やめて、そんなこと、もうやめて……!
心は叫べど、奔放なナターリエならばここで怯えた言葉を選ぶはずがない。今にも逃げそうになる腰を、オスヴァルトがしっかりと抱え直した。
「これなら満足か? それとも、もっと奥まで──」
再度秘所へのくちづけをされ、腰から下が溶けてしまいそうな錯覚に陥る。
しかし、それもつかの間。
濡れた蜜口に、何かがつぷりと割り込んできたのだ。
「っっ……!? あ、ああっ……、いや、何を……っ」
怯える心と裏腹に、体は快楽に蕩けていく。エーファの内側に入り込んできたのは、オスヴァルトの舌だ。
「やめ……っ……、ん、ぁあっ……!」
こらえきれず、音を上げる。
もう、ナターリエらしく振る舞うなど、考える余裕もない。
ねっとりと熱い舌は、まるでオスヴァルトとは別の生き物のように、淫靡に浅瀬を這い回る。愛蜜で濡れた隘路は、彼の舌先でなぞられ、こすられ、ヒクヒクと痙攣するばかりだ。
舌だけではなく顔ごと上下に動かして、オスヴァルトがエーファの敏感な部分を舐る。そのたびに、すすり泣きのようなか細い声が天蓋布に吸い込まれていった。
「そうして甘い声をあげていると、少しはエーファに似ているものだな」
どこか寂しげに、彼が言う。
薬で奪われた声は、こんなときにだけエーファを彷彿とさせるらしい。
「知りません……っ、そんな、あ、あっ……」
「知っているだろう? 金糸雀のように愛らしい声の少女だ。おまえが、エーファを奪った。エーファから名を奪い、自分の身代わりに仕立て上げたはずだ」
とろりとあふれる蜜を舌ですくって、オスヴァルトが花芽にまぶしていく。やわらかな包皮に守られていた小さな粒が、ほどなくして空気に触れる。
「やめて……! もう、もうこんな……っ」
「もどかしいか? だったら真実を言え。エーファが結婚したなんて嘘だと、彼女は今もウッベローデのどこかにいるのだと!」
旅商人と結婚したというのは嘘だが、エーファが結婚したのは事実だ。
──そう。相手はあなただわ。かつてエーファだったわたしは、オスヴァルトの妻としてここにいるのだもの。
答えられない問いかけに、エーファは顔を背けて奥歯をきつく噛みしめた。
「意地でも言わないつもりか。だったら、根比べといこう」
再会した当初の、憎悪に燃えた瞳ではない。今の彼は、情慾に突き動かされるようにエーファの体を貪り、歪んだ劣情の炎を瞳に揺らがせる。
──それでも、あなたに真実を告げることはできないわ。
軟禁生活でも、侍女たちの噂話から今のオスヴァルトのことを知ることはできた。
救国の英雄と呼ばれ、王族とも親しいつきあいをし、王立騎士団の最年少副団長となり、国中の人気を一身に集める若きカレンベルク公爵。
そんな彼が、偽王女と結婚しただなんて知られてはオスヴァルトの立ち場に影響がある。
食堂の看板娘だったころには知らなかった、人の心の闇を今のエーファは知っている。知らずに生きていけるのなら、そちらのほうが良かったと思うけれど、一度知ってしまったことを知らなかったころに戻れはしない。
人は、嫉妬をする。
人は、誰かの足を引っ張ることに昏い喜びを覚える。
人は、決して強くない。弱さも含めて人間なのだ。
高位の人物の失脚は、すぐさま市井の噂になる。色恋沙汰も、政治事情も、なんだって娯楽の対象だ。
──あなたを貶めるようなことはできない。
花芽を親指で撫でられ、隘路に舌を受け入れながらも、エーファは必死に快楽に耐えていた。
与えられる悦びを、素直に受け入れることができたらどんなに幸せだろう。彼に愛され、愛を伝える行為だったら、どんなに良かっただろう。
これは、懲罰にも似た佚楽だ。
彼はエーファを──ナターリエを罰している。断罪は淫らな罰により、女としての体を貶めるのだ。
「中が痙攣している。そろそろ、こらえるのがつらいか?」
「ふ……っ、ぅ……」
きつく閉ざした唇がどんなに声を我慢しても、鼻から抜ける甘い声は隠しきれない。
あと一歩で、その果てに手が届く。
それを知りながら、オスヴァルトは愛撫の手を緩めた。
「ああ……っ!」
快感はこらえることができても、絶頂直前で放り出されるせつなさに声が出る。
「どうした、もっとしてほしいのか?」
「……っ、い、いいえ、わたしは……」
否定した唇が、甘くわなないた。
してほしい。もっとして、続けて、やめないで、そしてこの悦びの果てに到達したい。感情ではなく本能が、彼の与える刺激を求めている。
「望んだ快楽ではなくとも、おまえの体はこんなにも男を求めている。ここに、俺のものがほしいのだろう?」
小刻みに震える蜜口に、ずちゅ、と二本の指がめり込んだ。
「あぅ……っ! あ、あっ……、いやぁ……っ」
体が内側から押し広げられる恐怖に、エーファはバタバタと脚を跳ね上げる。
──怖い、痛い、助けて……っ!
抗うほどに、オスヴァルトの指の存在感が強くなる気がした。実際にはそんなはずもなく、彼は身じろぎひとつせずにエーファを見つめている。
「……これが、慣れた女の体なのか……?」
彼のつぶやきが聞こえるのに、その意味を脳が理解できない。ただ、必死に奥歯を噛みしめてエーファは首を左右に振った。長いブルネットが揺れて、敷布の上で波を打つ。
「俺は、おまえを誤解していたようだな」
その言葉に、わずかな光を感じて。
エーファは長い睫毛を震わせて、オスヴァルトを見上げる。
ほんの一秒、期待にはずんだ心が、次の瞬間には絶望へと叩き落とされた。
「男好きというのは、積極的であるという意味ではないのか。なるほど、少女のように可憐な相貌で、初々しく恥じらう姿が男を虜にするというわけか」
「そんな……っ……」
顔立ちだけでいうのならば、エーファとナターリエは双子と言っても通用するほどに似ていた。
しかし、ふたりが並んだ姿を見て見間違う者は、ウッベローデの王宮内にはひとりもいなかった。
浮かべる表情が違う。周囲を威圧するまなざしが違う。何よりナターリエには、生まれながらの王族という高貴さゆえの傲慢が、所作ひとつにも表れていた。
だが、オスヴァルトは本物のナターリエを知らない。だからこそ、彼の前でエーファはナターリエのふりができる。真実を知られることなく、敗戦国のわがまま王女という噂を疑われることもない。
ずぐ、と指がいっそう深く突き入れられた。
体が悲鳴をあげる。エーファは恐怖に泣き出しそうになったのを、すんでのところでこらえた。
「ひ、ぅ……っ……ん!」
「指でもきついほど狭いとはな。どうだ、もっとほしいか?」
「いらな……ぁ、あっ」
粘膜を指腹でぬるりと撫でられ、背骨を伝って脳天まで奇妙な感覚が突き抜ける。
「ここは、俺の指を食いしめて離さない」
「っっ……、し、知らないわ!」
涙目で睨みつけると、オスヴァルトが甘く微笑んだ。
──え……?
その表情に困惑し、エーファは息を呑む。彼は、こんなに優しい表情を見せてくれる人だったろうか。思い出の引き出しに、今の笑顔はない。
当惑するエーファの体から、ずるりと彼の指が抜き取られた。
ほっとする間もなく、すぐさま彼が体勢を変える。肩にかけていたエーファの両脚を寝台に下ろし、下腹部を密着させてきたのだ。
「あ……、あ、待って、お願い、待っ……」
何をされるのか、知らないわけではない。
初めての相手は、オスヴァルトしか考えられなかった。それは、今も昔も変わらない気持ちだ。
だが。
──罰するように、わたしを抱くの? それが、エーファを捜すために必要だから?
ナターリエの口を割るためだけに、彼はこの行為を続けている。告げられる真実など、とうにエーファの手から離れ、残されたのは身代わりという役目だけだ。
「もう待たない。王女相手に粗相をする男はいなかったかもしれないが、俺はおまえの夫だ。おまえを抱くのも、俺の権利だろう」 -
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