- 著者:熊野まゆ
- イラスト:DUO BRAND.
ページ:306
発売日:2020年8月17日
定価:本体650円+税
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試し読み
「ディラック様……」
呼びかけたことに何の意味があるのか、問われてもはっきりとは答えられない。ただ、もうこれ以上は勘弁してほしいという願いを込めていた。
彼の片手がドレスの裾を捲り上げる。太ももを撫で上げられると、いままでに感じたことのないような戦慄きが全身をひた走った。未知の経験はキャロライナを消極的にする。
「ぁ、だめ……っ」
つい、思ったことをそのまま口にしてしまう。
もしも女性家庭教師がこの状況を見ていたら「閨での振る舞い方がなっていない」と小言を募るだろう。
「俺がなにをするのかわかっていて、だめと言ったのか?」
「そ、その……」
どうしてそう、痛いところを突いてくるのだろう。
答えを急かすように見つめられる。
「わからないですが、だめです……!」
やっと紡ぎだした返答をディラックは容赦なく切り捨て、
「そんな——曖昧なことでは聞き入れられないな」
挑発的な笑みを浮かべ、ドロワーズのクロッチ部分を手探りする。
「やっ、ゃっ……」
彼の手から逃れようと身を捩るが、もう片方の手で腰元をしっかりと掴まれているのでどうすることもできない。
「ん——?」
ディラックが首を傾げながら呻いた。ドロワーズの生地を擦る指先になにを感じたのか、嬉しそうに笑む。
「湿っている。ああ、染みまで作って……」
「……っ!」
目の届く範囲に鏡がなくてよかった。全身がみっともなく赤くなっている自分を見ずに済む。
喜々としたようすでディラックが訊いてくる。
「なぜドロワーズがこんなふうになっているのか、きみは説明できるか?」
「せ、説明、ですか……? ん、んっ……」
答えたくないという気持ちを前面に出して彼を見つめても、許してくれそうになかった。
クロッチ部分で彼の指先がゆっくりと円を描く。ディラックは濡れ染みに沿って指を動かしているようだ。それがまた羞恥心を煽る。
ディラックは微笑して、指の動きを加速させながら「早く」と急かしてくる。
(逆らえない——)
そして、そのことで気分を害するどころか悦んでいる自分に驚き、唇を掴む。
「……私の、中から……溢れたものが、そこに……染みを」
虫の鳴くような声で答えたが、ディラックはそれを咎めなかった。
「それは、なぜ溢れる?」
いやに優しい声音でさらに質問してくる。
丸い乳輪とクロッチの染みを、一定の速さで同時にぐるぐると辿られる。彼の指には理性的な思考を奪う力があるのではないかと疑ってしまう。
キャロライナは瞬く間に陥落した。
「気持ちがいいから……!」
瞳には涙の膜が張っていた。めくるめく快楽と、壮絶な羞恥心が涙腺を刺激する。
いっぽうディラックは満足そうに「そうか」と呟き、口の端を吊り上げた。
「気持ちがいいのが、好きか?」
クロッチの染みに沿って周回していた彼の指が、今度は一筋の線を描き始める。ドロワーズの白い生地越しに割れ目を探られている。
「ふぅう、うっ……」
指はしだいに生地へと食い込み、裂け目の奥へと侵攻する。
(だめだわ、このままでは)
ますます下着を濡らしてしまう。ただでさえ染みができていて恥ずかしいのだ。これ以上ドロワーズを汚したくない。その一心でキャロライナは懇願する。
「下着越しに触るのは、おやめください」
「それは——じかに触れられたい、という催促だと受け取るが」
「えっ!?」
思わぬ言葉を返され目を丸くする。キャロライナは力いっぱい、ぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ、そういうことではなく」
「これ以上、下着の染みを大きくしたくないんだろう。きみの要望どおり布を避けるとしよう」
「や、あっ」
キャロライナがディラックの両手を掴むよりも先に、足の付け根を覆っていたクロッチの布を左右に退けられてしまう。
「あ……っ!」
足を閉じようとしたが、彼の膝がそれを阻む。両脚のあいだに膝を割り入れられ、閉じられなくなった。
露わになった秘所を、ディラックは身を屈めてよく見ようとする。
手で隠そうにも、両手にディラックの指が絡んでいるので思うように動かせない。
「や、ゃあっ——」
キャロライナはひたすら首を横に振る。そうして抵抗を見せることが、ディラックの情欲をさらに刺激するのだとは思いもしない。
碧い双眸が足の付け根を確固として捉える。その強烈な視線を遮る手立てがない。
見つめられた先がドクッと高鳴り、熱くなる。これでは、触れられずとも見られているというだけで内側からますます愛蜜が溢れでてしまう。
「ディラック様……! 恥ずかしい、ので……どうか」
もう見ないでほしい。
そう告げるつもりだったのに、ディラックは予想もしていなかった言葉をかけてくる。
「早く触れられたい、か?」
キャロライナの真意を誤解している自覚があるのか、ディラックは面白そうに笑みを深めた。
「違います、そうではなくて」
「では、もっとよく見られたい?」
そう言うなり彼がいっそう秘所に顔を近づけるので、瞬く間に全身が火照った。
(どうして?)
キャロライナが瞳に涙を浮かべて首を横に動かしても、ディラックは秘めた花園からけして視線を逸らさない。
わき目もふらずキャロライナの秘芯を見つめ、そこに手を伸ばす。
「ひぅっ……!」
蜜を光らせる濡れ莢に彼の指先が触れる。そうして触れられたのはほんの少しだったが、全身がビクンッと過剰に跳ね上がった。
ドロワーズの上からされていたのと同じように、指が秘裂を辿るようにして楕円を描く。
溢れていた蜜が彼の指に絡め取られ、ぬめりを帯びてくる。それが潤滑油のようになって、快感が迸る。
「ふはぁっ……あぁ……ん、あぅっ……」
着かず離れずの絶妙な指加減がえもいわれぬ快楽をもたらし、キャロライナから嬌声を引きだす。
(おかしいわ、私)
見られるだけでも恥ずかしかったはずなのに、指で触れられて悦んでいる自分自身が不思議でならない。
元来、自分はそういう性質だったのかもしれない——と秘かに落胆した。
「ここ……豆粒。ヒクヒクと蠢いている」
キャロライナは肢体をビクリと上下させる。そうして指摘されると、それだけで悦びが倍増する。
心臓はもうずっとドクドクドクと連続して高鳴っている。これではそこが壊れてしまうのではないかと危惧した。
快楽の源とされるその小さな突起に、自分では触れたことがない。
好奇心が「触れて」と叫び、羞恥心が「やめて」と声を荒らげる。
「……っ、や……ディラック様」
否定するような言葉は、果たして心からのものだったのだろうか。
葛藤するふたつの心を見透かしたようにディラックは口の端を上げ、珠玉をツンッと指で突いた。
「ひあああぁっ!」
大きな声にいちばん驚いているのは自分自身だ。
キャロライナは口元に手を当てた。はしたない大声を出してしまった自分を否定するように、首を横に何度も振る。
「や、ゃっ……だめ……っ、う、うぅ」
ツン、ツン、ツン——と、一定の間隔で花芽を押される。激しくそうされているわけではないのに、指で押されるたび快感が膨れ上がっていく。
(だめ……このままでは、おかしくなってしまう……!)
ひたすら喘ぐだけの淫らな生き物になってしまいそうで恐ろしかった。
ベッドの上ではそれでいいのか、あるいはこのような場面でもレディらしく粛々としていなければいけないのか、女性家庭教師に教わったはずだが思いだせない。
思考は、もうずいぶん前から快楽に溺れている。
「ぁう、うっ……やぁ……っ」
キャロライナは抗うように身をくねらせて乳房を揺らす。その膨らみの片方をディラックは鷲掴みにしたあと、親指と人差し指で薄桃色の箇所を挟んで先端を際立たせた。
下半身の小さな豆粒も、胸飾りと同じように指のあいだで挟まれると、羞恥心は完全に押し負けて悦楽ばかりが主張を強くする。
「ふあぁあ、あっ……はぁっ……!」
ふたつを同時に捻りまわされ、喘ぎ声が止まらなくなる。恥じらいがなく、快楽に従順すぎるこの体を憎らしく思った。
ディラックが秘所で指を動かすのを、キャロライナは直視できない。かといって目を背けているのも、次になにをされるのかわからず落ち着かない。
ちらり、ちらりと視線を右へ左へと走らせながらようすを窺っていれば、彼の親指が蜜口を掠め、中から溢れていた愛液を掬ってまた花核のほうへと戻ってきた。秘芯にぬめり気を足して、指の腹で押し潰すようにして擦り合わされる。
「ひぁ、やぁっ……ああ、んぁ……っ」
乾いた指でそうされるのと、湿り気を帯びているのでは受ける感覚が大きく異なる。ぬるついた指で珠玉を弄りまわされると、手や足の先が甘く痺れた。
そうして「もっと激しく擦り立ててほしい」などと口走ってしまいそうなほど快楽に貪欲になる。もちろん、そんなことは口が裂けても言えない。
しだいに頭の中が真っ白になってきて、ディラックにもたらされる快感以外のことは考えられなくなった。
「快楽に溺れて……俺のことだけ考えるようになればいい。そうすれば、駆け引きをしようなどという気は起こらない」
もとより駆け引きをしようとは思っていないし、方法もわからない。そのことを理解してもらいたいのに、花芽を擦る指が加速したせいで何の言いわけもできなかった。
「ああぁっ、あうぅっ——!」
意味を成さない言葉を叫びながら、ビクン、ビクンッと体を弾ませる。初めての経験だった。焦がれるような余韻を残して、体じゅうが小刻みに震える。
恍惚境を見たキャロライナを、ディラックは強く抱きすくめた。
呼吸の仕方を忘れてしまったのか、なかなか息が整わない。腰や後頭部にまわり込んだ腕の締めつけは強く、身じろぎしても少しも緩まなかった。
「ディラック様……?」
彼が一言も発しないことに不安を覚えて呼びかけた。するとディラックは、キャロライナの首筋に埋めていた顔を上げた。
そこに憤りはないようだが、今度は哀愁めいたものを感じる。ディラックはどこか悲痛な面持ちをしていた。
「愛している……クラリッサ」
「——!!」
雷を落とされたような衝撃が走った。目の前が真っ暗になり、息が詰まる。彼は愛を囁いてくれたというのに、返す言葉がなかった。
瞳に涙が浮かんだのを隠すように、キャロライナはディラックの背に腕をまわしてその胸に顔を埋めた。
そうして、心の中で叫ぶ。
(違うわ——私の名前は、キャロライナ)
クラリッサに扮していまここにいるのだから、生まれ持った名を呼んでもらえないのは当然だ。
わかっている。それなのに胸が苦しくなり、どうしようもなくなる。嗚咽が漏れないよう必死に歯を食いしばった。
(私……嫉妬している)
ディラックがクラリッサという名に愛を囁いたことに、嫉妬している。
そんな自分が滑稽に思えてくるのと同時に彼を騙していることに呵責を覚え、心が押し潰されそうになった。
ディラックはキャロライナが背に腕をまわしてきたことで愛に応えたと思ったようだった。穏やかな笑みを浮かべてキャロライナの黒髪を撫でる。
罪悪感は、募るいっぽうだった。 -
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