書籍紹介
腹黒王太子は政略結婚の幼な妻に愛を乞う
腹黒王太子は政略結婚の幼な妻に愛を乞う
ISBN:978-4-596-52324-2
ページ数:290
発売日:2023年8月18日
定価:690円+税
  • あらすじ

    逃がさないよ。もう、無理だ
    パーフェクトな王子様は恋も謀略もお手のもの!?

    五年前にルドニア国に嫁いできたアウローラは、不慮の事故でルドニアに来てからの記憶を失ってしまう。彼女の夫だという王太子メルクリウスは、そんな彼女に優しく寄り添い、愛情を注いでくる。「じっとして。君はこれが好きなはずだよ」好みの容姿と性格の彼に熱く淫らに迫られ翻弄されてしまう。だがこれが自分の我が儘からの政略結婚だと知り…!?

  • キャラクター紹介
    • アウローラ
      才気溢れる王太子妃。一目惚れしたメルクリウスを一途に愛している。

    • メルクリウス
      ルドニア王国の王子。アウローラを正妃として迎え入れた。

  • 試し読み

    王宮の中庭にあるミモザの木がさわさわと葉擦れの音を立てた。夜風に乗って花の芳香が辺りに柔らかく漂っていく。紺碧の空には銀色の月がぽっかりと浮かび、薄絹のような月光が噴水の水に降り注いで、宝石さながらにキラキラと煌めいていた。
    完璧なまでに美しい春の宵だ。その完璧な夜に、芳しいミモザの香りを嗅ぐことも、月を見上げることもせず、二人きり、寝室に籠る若い夫婦があった。
    高い天蓋付きの豪奢な寝台で絡み合う男女は互いに夢中だ。
    相手のことしか目に入らぬといった様子で、男は女を愛撫しながら、巧みな手つきで彼女の夜着を剥ぎ取って生まれたままの姿にしてしまう。
    「……ぁ、ああっ……」
    細く甘く嬌声を漏らす妻は、炎のような朱金の髪に琥珀色の大きな瞳を持つ愛らしい女性だ。四肢は仔鹿のように細く、あどけない容貌はまだ少女のようにも見えるが、この春に十八歳となった立派な成人女性である。
    彼女こそ、このルドニア王国の王太子妃であるアウローラ・クラーラ・ピソ・エカソニヌスだ。そしてそのアウローラを膝の間に座らせ、背後から抱き締めて愛撫するのは、彼女の夫メルクリウス・ジョン・アンドリュー――この国の王太子である。
    金糸の髪に真夏の空のような青い目の甘い印象の美丈夫で、自らの愛撫に悦ぶ妻を愛おしげに見つめている。大きく開かせた妻の脚の付け根には、男の骨ばった手が妖しく蠢き、そこから淫靡な水音が立っていた。
    「……ほら、ここが気持ち好いんだろう、アウローラ」
    笑みを含んだ甘い声を耳元に注がれて、アウローラは細い顎を上げる。夫の熱い吐息が耳朶を擽ると、ぞくぞくとした震えが背筋を走り抜け、それに合わせるようにまたじゅわっと隘路の奥から愛蜜が溢れ始める。
    「ぁっ、そんな……メルクリウス、さまぁっ……!」
    恥ずかしくて哀願するように名を呼ぶと、夫はとろとろと零れ出す淫蜜を指に纏わせ、滑りの良くなったその親指で蜜口の上にある秘豆を擦ってきた。
    強い快感に襲われ、アウローラは悲鳴を上げて腰を跳ね上げる。
    メルクリウスはクスクスと笑いながら、妻の額にキスを落とした。
    「ああ、可愛いね。もっと啼いてごらん」
    夫の声はうっとりと満足そうだ。彼は愉悦に身悶えするアウローラの小ぶりな乳房をやんわりと掴むと、その中央の薄赤い尖りを指で抓んだ。
    「ひぅんっ」
    敏感な場所をいっぺんに弄られ、また甲高い声が出た。大きな琥珀色の瞳は潤み、熱した蜂蜜のように蕩けている。熟れた果実に似た赤い唇は薄く開いたままだ。
    きっとだらしない顔をしていると思うのに、メルクリウスの目は嬉しそうに弧を描く。
    「ああ、本当に、なんて可愛いんだろうね、僕の妻は」
    低い声で感嘆しながらも、アウローラを苛む手の動きは止まらなかった。
    身体の中に蓄積された甘く熱い痺れが、破裂してしまいそうだ。
    「あっ……ぁあ、ああ……!」
    手脚が小刻みに戦慄き始めた。柳腰が揺れる動きに、メルクリウスがごくりと唾を呑む音が聞こえる。まるで獲物を前にした肉食獣のようだとアウローラは思ったが、胸の先を強く抓られて思考が霧散した。
    「きゃうっ、あ、ぁああっ、メルクリウスさまぁ……!」
    膨れ上がった淫らな悦びが、アウローラの視界を白く染めていく。逃しきれない快感に、小さな爪先がシーツを掻き、嫋やかな身体が弓なりになった。白魚のような手が夫の腕を命綱のように掴むと、果実のような唇からは切羽詰まった嬌声が上がった。
    「いく……い、っちゃう……!」
    「いきなさい、アウローラ。快楽に蕩けた可愛い顔を、僕に見せて」
    夫に優しい声で促され、アウローラは一気に高みへと駆け上がる。
    ばちん、と目の前で快楽の火花が飛んだ。
    「ひぁ、あああっ」
    一際高く鳴いた後、四肢をガクガクと震わせるアウローラを、メルクリウスの逞しい腕が抱き締める。その温かさに安堵して、アウローラはゆっくりと身体を弛緩させていった。
    「上手にいけたね。アウローラ。とても可愛かったよ」
    絶頂の余韻にぼんやりとしていると、メルクリウスが何度もキスを落としてくる。夫の唇の優しい感触を味わいながら、アウローラはじわりと不安が胸に滲み出すのを感じた。
    濃厚さをそぎ落とした啄むだけのキスは、行為終了の合図だからだ。
    (ああ……また私、一人だけ……)
    未だ速いままの自分の心臓の音を聞きながら、アウローラは心の中に広がっていく灰色の不安に、そっと目を閉じた。
    ――また自分だけいかされてしまった。
    夫婦の閨事において、いつも行為は一方的だった。メルクリウスがアウローラを愛撫し、その技巧で妻を絶頂へと追いやると、終了だ。メルクリウスが達することもなければ、妻が自分に触れることも許さない。
    今だって、裸のアウローラに対して、彼は夜着をしっかりと着こんだままだ。
    これが正しい閨事の在り方だとは、いくら箱入りのお姫様であったアウローラとて思っていない。それどころか、本や噂話で予習をしまくっているので、耳年増と言っていいほどの知識は持っている。――知識だけは。
    (メルクリウス様が満足していないのは分かっているわ)
    今まさにくったりと夫に身を預けているから、お尻にその存在をはっきりと感じ取れる。
    硬く、熱いもの――それがメルクリウスのおしべであることは、間違いない。男性が性的に興奮すると、それが大きく、熱く、そして硬くなるのだと、本で読んだのだから。
    (今日こそッ……!)
    アウローラは萎えた四肢に鞭打つようにして身体を起こすと、くるりと後ろを振り返って夫に縋りつく。
    「メルクリウス様……今夜は――」
    期待を込めた瞳で見上げたが、メルクリウスの美貌に浮かぶのは、困ったような微苦笑だ。いつもの、拒絶の表情だった。
    「だめだよ、アウローラ。君が十九歳になるまで待つと言っただろう」
    また同じ台詞だ。アウローラは落胆に表情を曇らせた。
    『君が十九歳になるまで』
    「――でも……!」
    アウローラは言い募ろうと口を開く。なにしろ、もう五年もこの調子だ。夫婦とは名ばかりで、夜の営みを満足にさせてもらえていない。
    (私だって、メルクリウス様に触れたいのに……!)
    彼に触れたいし、気持ち好くなってもらいたい。それだけじゃない。ちゃんと本当の夫婦として、メルクリウスをこの身に受け入れたいのに。
    「私は十八歳になりました! この国ではもう十分に大人ですわ! だから……」
    訴えるアウローラの唇を、メルクリウスの長い指がそっと押さえた。
    「――だめだよ」
    妻の言葉を遮るその声は、とても静かで優しい。そして、自分を見つめる夫の青い瞳が切なげな光を浮かべているから、アウローラはそれ以上言えなくなってしまうのだ。
    唇を噛んで俯く妻に、王太子はわずかに眉根を寄せると、その腕の中に閉じ込めるようにして抱き寄せた。
    「愛しているよ、アウローラ」
    夫の紡ぐ愛の言葉に、若い王太子は俯いたまま小さく頷く。
    言えない言葉が黒い小石のように心の底に溜まっていくのを、見て見ぬふりをしながら。

    第一章 妃はため息をつく

    色とりどりの薔薇が、溢れんばかりに咲き誇っている。
    ルドニア王国の王宮であるこのルキア城は、別名『薔薇城』という。薔薇の木立で造られた大規模な迷路園をはじめ、東西南北に配置された庭の全てに薔薇が植えられていて、しかも四季咲きのものが多いため、冬以外のどの時期にでも薔薇が咲いていることから、その異名がついたのだ。
    この薔薇城の中でも、王太子妃アウローラが住まう南宮に面したこの南庭には、鮮やかな朱色や橙色をした大輪の薔薇が多い。妃を溺愛している王太子メルクリウスによって、アウローラの髪の色である赤銅色に似た色の薔薇へと植え替えられたからだ。
    夫からの愛に溢れた庭の中で、アウローラは小さくため息をついた。
    すると微かなその吐息に気づいた女官が、すかさず声をかけてくる。
    「妃殿下。紅茶に何か問題がありましたでしょうか」
    「えっ?」
    問われてようやく、アウローラは自分が女官の淹れてくれた紅茶のカップを手にしたまま、ため息をついてしまったことに気づいた。
    今日の午後は珍しく予定が空いたので、女官に「たまには気分を変えてはどうか」と提案され、こうして庭でお茶をしているのだった。自分のため息のせいで女官をいたずらに不安にさせてしまったと、アウローラは慌てて首を横に振る。
    「いいえ。とても美味しいわ。香りが素晴らしいわね。ありがとう」
    にっこりと微笑めば、女官がホッとしたように頷いた。
    「お口に合ったようで、ようございました」
    「あなたはお茶を淹れるのが上手ね。あなたのおかげでお茶の時間が楽しみなのよ。いつも美味しいお茶をありがとう」
    「まあ、もったいないお言葉です、妃殿下」
    アウローラの誉め言葉に、女官が頬をピンクに染めながら頭を下げる。
    王太子妃と女官の和やかで微笑ましいやり取りに、周囲に侍る者たちが目を細めて眺めていた。春の陽射しが麗らかな午後、薔薇の咲き誇る庭園でのお茶会――。絵に描いたように完璧な光景に、けれどアウローラは心の中で自嘲を零した。
    (こんな美しい日常を送ることができるなんて、あの頃の私には想像もできなかった……)
    あの頃――このルドニア王国に嫁いで来たばかりの、五年前。
    アウローラはまだ十三歳の子どもだった。
    大陸で最強国となったサムルカ帝国の皇帝の三女として生まれ、望めば叶わぬもののない生活を送っていて、自分がそれだけの価値ある人間なのだと信じて疑わなかった。
    傲慢で愚かな小娘だったのだ。
    外交で帝国を訪れた異国の王太子に一目惚れをして、逸る恋心のままに父帝に強請った。
    『あの人の妻になりたい』と。
    (今から思えば、浅慮としか言いようがないわ……)
    その時のことを思い返し、アウローラは恥ずかしさに奥歯を噛む。
    父譲りの銅色の髪に琥珀色の瞳を持って生まれたせいか、アウローラは父帝に特に可愛がられた子どもだった。そのお気に入りの娘にせがまれ、父はあっさりとその異国に政略結婚を申し入れたのだ。
    アウローラが一目惚れしたのは、海を挟んだ隣国、ルドニア王国の王太子メルクリウス・ジョン・アンドリュー――当時二十歳になったばかりの若者だった。
    破竹の勢いで強国となったサムルカ帝国の軍事力は強大で、歴史は長いがさほど大きくもないルドニア王国に逆らう力はなく、皇帝の申し入れは是非もなく受け入れられた。
    当然のように自分の望みが叶えられたアウローラは、意気揚々とルドニア王国に嫁いだ。
    しかし、嫁いですぐに思い知らされることになった。――自分がいかに世間知らずで幼稚であったかを。
    嫁ぎ先のルドニア王国でアウローラは、表向きは歓待された。
    義両親となる国王夫妻は丁重に扱ってくれたし、夫となったメルクリウスは優しかった。
    だが王宮の女官たちの態度は、慇懃無礼を絵に描いたようなものだったのだ。
    むろん、帝国の皇女に対しあからさまに無礼を働くものはいない。しかしその視線や所作に、アウローラに対する嫌悪が滲み出ていた。
    それが何故か分からず、最初、アウローラは腹を立てた。理由もなく嫌われれば、いい気持ちがするわけがない。だから腹立ちのままに自分の正しさを主張したし、反論する女官たちを正論でやり込めたりもした。
    (……本当に、子どもだったわ。嫌悪に自分の知らない理由があるなんて、思いもしなかったのだから)
    理不尽な思いをさせられるだけの理由はちゃんとあったのだ。実はメルクリウスには、幼い頃から決まっていた婚約者がいた。それなのに帝国の横槍が入ったことでその話は破談となり、元婚約者の女性は別の男性に嫁がされてしまったらしい。
    元婚約者である侯爵令嬢ミネルヴァは才色兼備として知られ、『淑女の鑑』とまで呼ばれている女性だった。王妃の覚えもめでたく、幼い頃より王宮で妃教育を受けていたそうで、王宮の女官たちは皆、賢く優しいミネルヴァに心酔していたのだ。
    女官たちの態度は褒められたものではないが、ミネルヴァを追いやったアウローラに、彼女たちが嫌悪を抱いても仕方のないことなのかもしれない。
    それよりもアウローラは、自分の横恋慕のせいで二人の仲を引き裂いてしまった事実に驚き、自分の浅慮さを恥じた。恋した人に他に恋人がいるかもしれないなんて、考えてもみなかったのだ。けれど知らなかったから無罪なわけではない。
    ならば、今自分にできることをするだけだ。自分に非があるのにそれを認めないことも、非がある自分のままでいることも、アウローラの矜持が許さなかった。
    とはいえ、ミネルヴァは既に他へ嫁ぎ、アウローラが嫁してきてしまった後だ。今更なかったことにできる状況ではなく、できることと言えば、王太子妃として相応しい自分になることだけだ。
    それ以来、アウローラは努力し続けてきた。
    幸運にも、ケント公爵夫人となったミネルヴァが、王太子妃の教育係を引き受けてくれた。彼女は噂に違わぬ高潔な女性で、王宮の女官たちと冷戦状態となってしまっていたアウローラの窮地を見かねて、問題解決のために尽力してくれたのだ。
    彼女の地位を奪った相手だというのに、そのことを全く気にした様子も見せず、ひたすらに親切なミネルヴァに、アウローラは心を開かずにいられなかった。
    いつしかミネルヴァを『お姉様』と呼び慕うようになると、女官たちの態度も軟化していった。
    女官たちとの関係が修復した後も、アウローラはミネルヴァをお手本に、淑女訓練を重ねていった。その結果、嫁いできて五年経った現在、『完全無欠の王太子妃』と呼ばれるようにまでなったのだ。
    (私がここで、こうして優雅な時間を過ごせるのも、全部お姉様や、周りにいてくれる女官たちのおかげ……。そしてなにより、夫であるメルクリウス様のおかげだわ)
    彼が最初からアウローラを妻として大切にし、尊重してくれているから――そうでなければ、アウローラはこの国で『敵』のまま、馴染むことなどできなかっただろう。
    メルクリウスはいつだってアウローラを励まし、味方でいてくれる。
    後から聞いた話では、ミネルヴァに教育係として登城してほしいと頼んでくれたのは、他ならぬメルクリウスだったらしい。一方的に婚約破棄をした相手にそんなことを頼むのは、誰が聞いても厚顔無恥だと思うだろう。ミネルヴァも、そして彼女の夫であるケント公爵も呆れたに違いない。王太子としての矜持を損なう行為だったのに、自分のために頼んでくれたのだと思うと、アウローラは胸がいっぱいになって泣いてしまった。
    いつも飄々としていて笑顔を崩さないメルクリウスは、それでいて心の裡を誰にも明かさないところがあり、一部の人間からは『腹黒王太子』と呼ばれている。
    (その通り、腹黒なのでしょう。そうやって『王太子』としてこの国を守り続けている方なのだもの)
    メルクリウスはとてもストイックだ。笑顔の下には、全てを計算して物事を自分の望む方向へ運ぼうとする支配者の顔がある。
    目的のためならば、自分の矜持などアッサリと捨ててしまえる人なのだ。王太子としての責任を誰よりも理解していて、この国のために「這い蹲って土を舐めろ」と言われれば、躊躇いなくそうしてみせるだろう。
    (――ちょうど、私との結婚を受けた時のように……)
    断ればそれを理由に、帝国が侵略の鉤爪を向けるのが分かっていたのだ。

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