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あらすじ
人嫌い王子が溺愛パパに豹変!?
王子の身分を隠して療養するエドガーの看護係になった元令嬢アネット。「俺の望むものは君の全てだ」と言われ、二人は熱く肌を重ね合う関係に。やがてエドガーは「君を迎える準備を整えてくる」と言い残し去る。その後妊娠が発覚し出産するも、彼は一向に帰ってこない。三年後、偶然エドガーと再会したけれど、彼は記憶を失っているようで……?
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キャラクター紹介
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アネット
冤罪で両親を殺され爵位も剥奪された元令嬢。堅実な性格で両親亡きあと、隣国で平民として暮らしていく決意をする。 -
エドガー
内紛のため国を追われ、知り合いの伯爵家で療養している王子。病のため、極度の人嫌いとなり部屋に閉じこもっていた。
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試し読み
「……アネットの全てが欲しい」
ややあってエドが喘ぐように言った。
「許して、くれるか?」
エドの言葉の意味がわからぬほど、アネットは世間知らずではなかった。一時は身を売ることを考えなければならなったのだから。
しかし本来は結婚前に求めることではない。だからこそエドは許しを請うているのだ。
本来エドの立場ならば、わざわざアネットに許可など求める必要はない。身勝手に奪うことも可能だ。だが、エドはそうしなかった。
「……はい」
アネットは静かに、けれど深く頷いた。欲しいと思うのは、エドだけではない。アネットだって、彼が欲しい。
偽りのない、心からの願い。
だから女として一番大切なものを捧げるのならば、エド以外に考えられない。
「私を、エド様のものにしてくださいませ」
彼の立場とアネットの境遇を考えれば、この関係が永遠に続くものでないのは明らかだ。
(それでもいい)
ただ一度だけでいい。心から愛する人と抱き合いたい。
アネットの心にあるのは、純粋な欲求だけだった。
首筋に吐息を感じ、アネットはうるさく鳴る胸をそっと両手で押さえた。
庭での告白からすぐに連れてこられたエドの寝室の、それも寝台の前でアネットはエドに背後から抱きしめられていた。
カーテンが引かれた室内は心地よく温められ、きちんと整えられている。ぱちりと暖炉の薪がはぜた。ベッドサイドのテーブルには、水差しを花瓶代わりにした白い花が揺れている。庭で贈られたそれは夢ではない証だ。
柔らかく湿った感触がうなじに押し当てられる。
(口づけられている)
自覚した瞬間、ぞくり、と寒気に似た感覚がアネットの背中を駆け上がった。
「アネット……」
熱を孕んだ声で、エドが愛しい者を呼ぶ。それが自分の名であることにアネットの胸が歓喜で震えた。
「あ……」
不意に、首元が少し緩んだ。ドレスの背中のボタンが、ひとつ外されたのだ。
「服を脱がないと愛し合えない」
「そ、そうですね」
貴婦人のドレスは使用人のそれと違い、ひとりでは着ることも脱ぐこともできない。
これから抱き合うために、エドの手によって服を取り去られる。それは禄に男性と触れ合ったこともないアネットにとって羞恥の極みであった。
(みんなこんな思いをするものなのかしら……)
しかし恥ずかしくても、居たたまれなくても……逃げ出したいとはひとつも思わない。
エドに触れられることは、アネットが望んだこと。
だからアネットは震えながらも続きを待つのだ。
アネットを飾るものを解いていくエドの手つきに迷いはない。しかし緩慢なほどの丁寧さや、時折うなじや露わになった背中に落とされる唇の感触がアネットを悶えさせる。
「ん……」
永遠にも思える時間が過ぎる。やがてボタンが全て外され、ドレスが肩からゆっくりと滑り落ちた。続いて下着も取り払われ、アネットは一糸まとわぬ姿となった。
その頃になるとアネットはもう立っているのがやっと、という状態だった。
「……綺麗だ」
エドが感嘆の言葉を漏らす。
「そんなこと……」
「俺のアネットは、この世で一番綺麗だ」
反射的に卑下しそうになったアネットにエドは賞賛を重ねる。
「マリーさんたちに、綺麗にしてもらいましたから……」
「違う。アネットの存在そのものが、尊く、美しいのだ」
エドは気遣いに溢れた動作でアネットを抱き上げると、優しくベッドへと横たえた。大切な大切な宝物を守るかのように。
「少し待っていてくれ」
微笑みを湛えたエドはアネットの頬に羽毛のような軽やかなキスを贈ると、自らの服に手をかけた。上着を脱ぎ捨て、クラバットを引き抜く。アネットに触れた時は限りなく丁寧だったのに、自らのそれに対しては酷く乱暴だった。
「あ……」
そうして露わになったエドの身体には、痩せている以外に「女神の裁き」の影響は見当たらない。それどころか力を取り戻し始めた若い男性の溌溂とした魅力が全身から溢れていた。
カーテンから洩れた光に照らし出された肌はまるで金粉をはたいたかのように輝き、伸びた艶やかな銀色の髪が額にかかっている様は、まるで絵画から抜け出してきたかのように美しい。
「綺麗……」
自然と感嘆の声が漏れた。もとよりエドは美しいが、今対峙している彼は神々しさすら備えているように思えた。
「アネットのほうがずっと綺麗だよ」
見惚れるアネットに、エドは眩しそうに目を細めた。
「そ、そんなことはありません」
反射的に否定してしまったのは、アネットは自分が女性として魅力的ではないという自覚があったからだ。
名実共に貴族令嬢であった時ならともかく、ヴィネルを出た当初のアネットは本当に酷い状態だった。禄に食事がとれなかったがゆえに痩せ細り、手入れができなかったがために髪も肌も傷み放題。なにより金のために髪を切ってしまった。
ベルクレムに来てからはちゃんと食事がとれているし、今はマリーたちが整えてくれたおかげで多少は見られる状態ではある。とはいえ身分と同じでエドとは到底釣り合わない。
子供のようにふるふると首を横に振るアネットにエドは苦笑する。
「ではどれだけアネットが俺にとって魅力的か、きちんと教えてやらねばならないな」
全てを脱ぎ捨てたエドがアネットの手を取る。そして労働で荒れた指先にそっと口づけを落とした。
「俺を労わってくれるこの指が好きだ」
次にブルネットの髪をすくい、口づける。
「風にそよぐこの栗色の髪が好きだ」
続いて瞼に口づける。
「いつも俺を真っすぐに見返してくれるこの瞳が好きだ」
そしてエドはアネットを見つめる。
「俺の名を呼ぶこの声が好きだ。……要するに、アネットの全てが、なにもかもが、魅力
的なんだよ」
伝わったかな、とエドは少し照れくさそうに微笑んだ。
「エド、様……」
その笑顔が、声が、精いっぱい伝えてくれた言葉が、すさまじい幸福に変わりアネットの胸を満たした。
(私はきっとエド様に出会うために、ベルクレムへ来たのだ)
祖国に裏切られたことも、両親を失ったことも、周囲の人々に手のひらを返されたことも、全て今この時のためだったのだ。
「……俺はアネットに会うためにこの国へ来たのだろうな」
まるでアネットの心の内を読んだかのように、エドが呟いた。
「そう、ですね」
アネットが貴族のままでも、きっとエドと出会うことなどなかっただろう。なんなら話す機会すら得られなかったに違いない。そう思うと今がまるで奇跡のようだった。
「どうした?」
エドが心配そうにアネットの顔を覗き込んでくる。同時にそっと眦を指で撫でられ、アネットは自分が涙を流していたことに気づく。
「幸せすぎて……」
ベルクレムに来てから、本当によいことばかり起きる。泣いてもなにも事態は好転しな
い。祖国ではそう思い知ってしまうほど、泣いてばかりだったのに。
「嬉しくて泣いたの、初めてです」
「そうか……」
アネットの告白にエドはふっと頬を緩めた。涙を吸い取るように目元に唇が落とされる。
その優しい感触にアネットはまた胸がいっぱいになった。
しばし静かに抱き合っていると、なぜかエドが遠慮がちに問いかけてくる。
「本当に俺で構わないか?」
「もちろんです。エド様以外に全てを捧げられる人なんておりませんもの」
どんなに困窮していても、それだけは譲れなかった。
「申し訳ないが、優しくできないかもしれない」
「エド様がなさることでしたら、私はどんなことでも受け入れます」
人間の本性は辛い時と幸せな時にわかる。苦痛にさいなまれていた時も、回復してからも、エドは変わらなかった。病める時も健やかなる時も変わらぬこと。それができる人間は決して多くないとアネットは知っている。
「そもそもエド様は私に酷いことなどなさいませんもの」
アネットが示した絶対の信頼に、エドは一瞬虚を衝かれたように刮目した。次の瞬間、痛みを堪えているかのように顔をしかめ、声を絞り出した。
「アネット……必ず幸せにする……!」
「もう十分幸せでございます」
穏やかに弧を描いたアネットの唇をエドは自らの唇で塞いだ。
二度目の口づけは酷く官能的だった。
柔らく啄まれたかと思えば、下唇だけを優しく甘噛みされる。口づけ、それは唇を触れ合わせるだけの行為のはずだ。しかしどうだ。様々な刺激がどっとアネットに押し寄せてくる。情熱と愛しさの混じったそれは、アネットを酔わせ夢中にさせた。
「ん……」
何度も角度を変え柔らかくて熱い唇が押し当てられるたびに、アネットの鼓動はどんどん速まっていく。
「ふぁ……」
伺いを立てるかのように、舌で唇をノックされる。たまらず緩く口を開けば、するりと入り込んできて、アネットの中を味わうように動き回る。
「んぁ……ぁん」
鼻から抜けた吐息と共に漏れた声は、酷く甘くかすれていた。
(まるで自分のものではないみたい)
回らぬ頭でアネットはぼんやりと思う。キスは、エドが初めてではない。けれどアネットの知るキスは親愛のそれで、恋人同士の情熱を含んだものはこれが初めてだった。
差し入れられた舌が口腔をくすぐるたびに、吐息が注がれるたびに、身体の芯が疼くような不思議な感覚が波のようにアネットを包み込んでくる。
「エド様……」
たまらずアネットはエドに縋りつく。
「ん? どうした?」
「私……おかしいのかもしれません」
「なぜ、そう思う?」
「だって身体がすごく、熱くて……」
たっぷりと薪がくべられた暖炉では、炎が赤々と燃えている。知らず背中に汗がにじんでいるのは、暖炉の熱で温められたせいだろうか。……いや違う。身体の奥が、燃えているかのようだ。
「おかしくない。……俺も、熱くなっているからな」
ほら、と示すようにエドはアネットの手を取ると、自身の左胸へとあてがった。 -
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