書籍紹介
月の王と神の宝石 ~シークの略奪愛~
月の王と神の宝石 ~シークの略奪愛~
ISBN:978-4-596-74303-9
ページ:250
発売日:2013年10月3日
定価:本体580円+税
  • あらすじ

    めくるめくアラビアン・ラブロマンス!

    「一週間後、きみをわたしの花嫁にする」アラビアの小国で身代金を目的に誘拐され、若き国王シーク・ラフィークに救われたベル。けれどその後、なぜか彼はベルを宮殿に軟禁し、彼の妃になることを強要する。花嫁の化粧を施され、妖しい媚薬に侵される彼女に触れるシークの優しい指先。身も心も蕩けるような快感に流されそうになってしまうベルは──!?

  • キャラクター紹介
    • VB-3ヒロイン

      イザベル・ウィンターズ

      アラビア海を調査中の海洋考古学者。愛称ベル。

    • VB-3ヒーロー

      シーク・ラフィーク

      砂漠の国クアムールの君主。祖先は海賊。

  • 試し読み

    目が覚めるとラフィークはすでに部屋にいなかった。
    ベルは置いてきぼりをくらったようで少し悲しかったが、あんな初夜を過ごしたあとだけに、どんな顔をして彼に会えばいいのかわからなかったので、ほっとしてもいた。
    (また海賊王に恋した姫君の夢を見たわ)
    彼女の恋心がベルにはよくわかって、起きてしばらく気分が沈んだ。
    それよりも自分の気分に夢のなかの彼女がシンクロしているようで、少しだけ怖い。
    もちろんベルが見ている夢なのだから、ベルの気分が反映されているのだろうけど、まったく別な時代に別な人生を生きている二人の女性が同じように美しいシークに恋いこがれるなんて。
    ただならぬ因縁を感じる。
    (あくまで彼女は夢のなかの架空の女性なんだけど……)
    遅い朝食を持ってきた侍女に聞くと、ラフィークは公務に向かったようだ。
    (わたしは王妃なのに、公務をしなくていいのかしら。結婚したばかりだから、何もわからないけれど)
    「妃殿下、お散歩などいかがですか?」
    朝食を終えて、手持ちぶさたにしているとコーヒーを持ってきてくれた侍女がベルに提案した。
    「……だったら、わたしはあの中庭にまた行ってみたいのだけど」
    「孔雀の中庭でしたら、すぐそこです」

    ハーレムには回廊が巡らされていて、迷路のようだったが、王妃の部屋から水の音とオレンジの花の香りをたよりに歩いていくと、あの美しい孔雀のモザイクの中庭に出るのだった。
    (やっぱりここがいちばん落ち着くわ)
    ベルは孔雀の中庭の椅子にこしかけて、オレンジの花の匂いを吸い込んだ。
    こんな中庭がほかにもいくつかあるというから、暇をもて余したときに探検するのもいいかもしれない。
    「妃殿下、お退屈でしたらハーレムの宝物庫をご覧になったらいかがですか?」
    控えていた侍女がベルに声をかけてきた。
    「……宝物庫なんて、わたしが入っても大丈夫なの?」
    「妃殿下がご覧になるのを、止める者などおりませんわ。それにここの宝物は定期的にクアルーム国立博物館に展示しますから、国民全員に見る機会があるのです」
    そういえば〝孔雀の目〟を見たのも国立博物館でのことだった、とベルは思い出した。
    「こちらへどうぞ」
    侍女に勧められて、回廊を歩いていくと重厚な金色の扉の前に着いた。
    両開きの扉の左右を兵士が警備していたが侍女が一言告げると、うやうやしくベルを迎え入れた。
    (うわぁ……)
    ひんやりとする沈んだ空気のほの暗い室内のあちこちに、きらきらしい宝物が陳列されている。
    「心ゆくまで、ご鑑賞ください。説明が必要でしたら、係のものにお声をおかけください」
    侍女はベルに一礼すると、彼女の邪魔にならないよう壁ぎわに控えた。
    「すばらしいコレクションだわ」
    ベルは周囲を見回して、ため息をついた。
    黄金の机、タイル装飾、たくさんの絨毯、花模様のアラビア陶器。真珠の宝石箱に寄せ木細工のチェスト。
    とりわけ金糸銀糸で彩られたタペストリーの数々は、歴史的にもベルの興味をひいた。
    考古学者として、こんなすばらしい歴史遺産が見られるなんて、夢のようだ。
    もし、この宝物庫に閉じこもっていていいと言われたら、十年でも喜んで過ごしてしまうだろう。
    興奮を抑えながら広い室内を巡っていくと、絵画コレクションの一画にさしかかった。
    アラビアの細密画は歴代の王が描かせたとしても、ヨーロッパのテンペラ画や油絵は海賊稼業で略奪したものだろうか?
    (でも、これは?)
    そのなかの一枚の絵にベルの目は釘付けになった。
    古い油絵の人物画だ。
    ふくらんだ袖、コルセットで締め上げられた細い胴、大航海時代のヨーロッパの貴婦人だろうか。
    淡いブロンド、ブルーの瞳には見覚えがあった。
    (――夢のなかの彼女……略奪されてハーレムに入れられた彼女に、そっくり)
    「――この絵は?」
    ベルの疑問に、いかにも研究者風の係の女性が近づいてきた。
    「これは十七世紀の我が国の国王の妃の肖像です。どことなく、妃殿下に似ていますね」
    「そうね……」
    何世紀も前の絵なのだから、どう見るかでかなり違ってくる。
    淡いブロンドとブルーの瞳、華奢な鼻。この時代の絵師に描かれたらベルもこんなふうになるだろう。
    「そう、この方はイギリスの女性だそうですから、妃殿下とルーツがつながっているかもしれません。航海の途中、我が国に立ち寄られ、そのまま国王に嫁がれたとか」
    「……国王に嫁いだ? でも当時のこの国は、西欧風な結婚の風習はなかったのでしょう?」
    「そうですね。ですが、面白い絵が残っているんです。こちらへどうぞ」
    女性はベルを隣の小部屋へと案内した。
    そこには小さなアラビアの細密画が飾られていて、絵に描かれているのは、アラビア風の装いの金髪碧眼の女性と、もう一人。
    「これは、あの肖像画の女性と……」
    係の女性はうなずいた。
    「十七世紀の我が国の国王、シーク・アクラーム・アル・アフタール二世です」
    「肖像画の彼女が嫁いだという国王?」
    「はい。我が国では、王がこのように妃と二人の肖像画を残すのは宗教上かなりめずらしいことなんです。それだけ妃を愛されていたのでしょう」
    「ここに書かれている文字は?」
    ベルは細密画の下のあたりの装飾文字を指した。
    「『月の王と神の宝石に選ばれし妃』と、書いてあります」
    「月の王!!」
    ベルは驚き、聞き返した。
    「ええ。大航海時代、アラビア海で活躍したアル・アフタール二世には、そのような通り名があったのです」
    (月の王……本当にいたんだわ)
    ベルは目をこらして細密画のなかの『月の王』を見つめた。
    海賊のようなターバンからのぞく、長い髪。緑がかった瞳。大きな金色の耳飾り。
    その姿は夢のなかの海賊王に似ているようでもあり、ラフィークに似ているようでもあり、物語のなかの人物のようでもあった。
    (でも『月の王』は実在したんだわ)
    ベルはもう一度、彼女一人の肖像画のほうへ戻った。
    (何を考えてイギリスのレディがシークの妃になったの? 愛だけでそんなことができるものなの? それとも『神の宝石』に選ばれるということは、そういうことなの?)
    もちろん肖像画の彼女は、優美なほほ笑みをたたえつづけるだけで、ベルの問いに答えてくれるわけもなかった。

    「宝物はどうだった、ベル?」
    宝物庫を出ようとしたとき、いきなり甘い声でそう問われ、ベルは仰天した。
    「帰ってきていたのね、ラフィーク。わたし知らなくて――」
    ラフィークは穏やかに首を横に振った。
    「謝ることはない、ベル」
    彼女の肩をかるくたたき、それから手を握る。
    「きみは絶対ここが好きだと思っていた。しかし、今日はこれまでにしよう。用意をしなければいけない」
    彼は体の向きを変え、ベルの手をひいて回廊へと導いた。
    ラフィークは戻ってきてしばらくたつのか、すでにくつろいだ格好だった。
    ベルの好きな長い黒髪は、まとめられておらず中庭の風にそよいでいる。 
    陽光を浴びて気取らず歩いていく彼の姿に見ほれていることに気づいて、ベルは後ろめたくなった。
    「なんの用意?」
    ベルはかすれた声できいた。
    ラフィークは足を止め、振り返りざまに言った。
    「もちろん、ハネムーンに出かける用意だ」
    (ハネムーンですって!?)

    「本当にこれでいいの?」
    ラフィークを見下ろして尋ねるベルの声は震えていた。
    「そうだよ」
    ラフィークは真っ白な歯を見せてほほ笑んだ。
    「怖くないだろう?」
    「ええ」
    ベルは答えたものの、なんとも不格好だった。それにラフィークにあんなふうに笑みを向けられたら、ボードを操るどころではなくなる。
    「一緒に乗ろうか?」
    ラフィークの声がわずかに低くなり、ベルの五感を刺激した。
    「後ろに立って、誘導してあげよう」
    ベルは激しくかぶりを振った。ラフィークはからかっているんだわ。彼が後ろに立てば、いやおうなく体が触れ合う。きのう、アーチェリーを教えてもらったときのように。
    ベルはきのうのことを思い出し、目を閉じた。ラフィークのしなやかな体に包まれて構え方を教えてもらっているうちに、欲望に屈しそうになった。矢を射終え、ラフィークが離れたときには、体が震えていた。
    ボードの上ではもっと彼に接近することになる。考えただけで、ベルは顔が熱くなった。
    「ベル、気をつけろ!」
    だが遅かった。うねりを感じたかと思うとバランスが崩れ、ベルは笑いながら海に落ちた。これで五回目だ。
    すぐさま力強い腕に引きあげられ、ベルは海面から顔を出した。
    そのときには笑みは消えていた。
    「もう手を離しても大丈夫よ」
    ラフィークと目があったとたん、ベルは息を呑んだ。
    「そうだな」
    ラフィークはうなずいて手を離し、ボードをつかんだ。
    ベルは砂地に足をつけ、大きく息を吸った。
    「もう充分だろう。岸に戻ろうか?」
    ラフィークは無表情を装っていた。彼も感じたのだ、二人の体が触れ合ったときの熱い衝撃を。
    この一週間で、ベルは夫のことが少しはわかるようになった。胸中を隠したいときは無表情になる。
    「まだよ」
    ベルは首を横に振り、ボードに手を伸ばした。
    「負けるものですか」
    にやりとするラフィークを見て、ベルはまたどきっとした。
    「そう言うと思っていたよ」
    彼の言葉にベルは思わず笑みを浮かべた。彼もこの数日間に、ベルが負けず嫌いだと知ったらしい。
    「そう、わたしは負けず嫌いなの」
    言いながらベルはボードの上に乗った。
    ラフィークは答えず、ボードを支えて帆を海面から引きあげた。
    ベルはバランスをとりながら、ゆっくりと帆を上げた。しばらくの間、滴の垂れる帆と釣り合いをとる。
    そしてバランスを崩しそうになった瞬間、帆が風をとらえ、ボードが動いた。
    「体重を後ろにかけて」
    ラフィークが叫んだ。
    だがベルはすでに体重を後ろにかけ、帆を正しい角度に動かしていた。風が強まり、ボードがスピードを増す。
    今、わたしはボードセーリングをしていると実感し、ベルは慎重に手を握り直した。風が吹き、ボードが波の上を滑る。彼女は足を踏ん張った。
    ラフィークが言ったとおりだ。力と自由を同時に味わえ、この瞬間、世界には自分と海しか存在しないかのようだ。
    長い間、海のそばで過ごしながら、なぜボードセーリングをしなかったのだろう? たぶん二年間デートをしなかったのと同じ理由だ。なにしろ仕事が忙しすぎた。
    突然、大きな波に襲われ、バランスが崩れた。ベルはどうすることもできず、まるでスローモーションのように真っ青な海にゆっくりと落ちていった。
    ベルは波間から顔を出すなり、額にかかった髪を払ってラフィークの姿を目で捜した。
    「見た?」
    彼が泳ぎながら近づいてくる。
    「見たよ」
    ベルの目の前に立ち、ラフィークは言った。
    このあたりは浅く、海面から褐色の胸が出ている。ベルは目のやり場に困り、どぎまぎした。
    同じベッドを使い、朝も夜もラフィークを目にしている。見るたびに手を伸ばさずにいるのが難しくなり、ベルは困り果てていた。彼は究極の誘惑物だ。
    「ベル、大丈夫か?」
    ベルは顔を上げたものの、すぐさま視線をそらした。彼の目に浮かんでいるものを見るのも、自分の目に浮かんでいるものを彼に見られるのも、怖かった。
    「大丈夫、すばらしかったわ。あなたが言ったとおりだった」
    二人はほぼ同時に両側からボードに手を伸ばした。ベルの手のすぐ横に彼の手がある。大きく、力強い手。
    「もう一度試してみるかい?」
    「いいえ、もう充分よ。そろそろ戻りましょう」
    「わかった」
    ラフィークの声に変化はない。わたしが何を考えていたか気づいているはずなのに。
    (こんなハネムーンはまるで拷問だわ) 
    まるまる一週間、ふたりで一緒に過ごすなんて。
    ベルとラフィークは人里離れた北部の海岸のコテージで、見せかけのハネムーン休暇をとっていた。
    (新婚の王と王妃の仲がすでに冷えているなんて、ゴシップ沙汰になるより、愛のあふれるハネムーンに出かける茶番劇を演じ通すほうが安全だろう)
    そうラフィークは主張した。
    けれども一緒に過ごしたことで、ベルはラフィークの新たな一面を発見し、彼への想いはますますつのった。
    ラフィークは楽天的で、おもしろいことが大好きで、早朝の浜辺を馬で駆けたり、近くの珊瑚礁でシュノーケリングをしたりして、偽りのハネムーンを楽しんだ。
    そしてラフィークの笑顔は、一週間前の彼の甘いキスと同じくらいすばらしかった。
    ベルはため息をつき、ボードを挟むようにして彼と並んで岸へと歩きだした。
    (わたしはもう一度キスをされたいと思っている? そんなことあってはいけないのに) ベルの気持ちは揺れていた。
    これがただの契約結婚なら偽りのハネムーンも楽しめたのに。
    悲しいことにベルはラフィークに恋している。

    ラフィークはベルにアラビア語も教えてくれた。しかし、レッスンの最中に彼の唇の動きを見つめていると、肝心な内容はろくに頭に入ってこなかった。
    海から上がり、ラフィークはボート小屋にボードをしまいこんだ。ベルは彼の優雅でたくましい体から視線をそらし、午後の海を眺めた。
    「仕事が気になるのかい?」
    ほどなくベルのすぐ後ろで低い声がした。
    「潜水用の船に乗りたいとか?」
    ラフィークの口調には刺があった。
    「違うわ。景色を眺めて楽しんでいただけ」
    本当だった。ベルはキャリアを積むために仕事に邁進してきたので、ほとんど休暇をとっていなかった。
    (このまま、ただのラフィークとベルでずっと過ごせたら。どんなに幸せかわからない)
    彼はベルの気持ちを尊重し、自分の考えを押しつけることはなかった。それ以上に、彼はまたとない経験をさせてくれた。これほど大事に扱われたのは初めてだった。
    ベルは振り向き、ラフィークの物憂げな顔を見あげた。
    「ありがとう、ラフィーク。こんなに楽しかったことは初めて。すばらしい休暇だったわ」
    ラフィークの口もとにゆっくりと笑みが浮かんだ。
    「どういたしまして、ベル。ハネムーンは大事にするべきだからね」
    ベルは本当のハネムーンではないと言いかけ、思い直した。言ったところでなんの役にも立たない。
    「それに、まだ難破船に戻りたくないとわかって、うれしいよ」
    ラフィークはベンチの上から厚手の大きなタオルを取り、ベルの肩に巻きつけた。
    「首都に戻ったら、難破船の場所に案内してほしい。もっと早くに行って、調査の進み具合を見るつもりでいたんだ」
    ベルは首をかしげた。
    「興味があるの?」
    たいていの人は海洋考古学を退屈なものと思いこんでいる。
    「もちろん。この国の歴史の一部だからね。それにきみにとって重要なことを学ぶのは当然だ」
    きみの夫なのだから……。
    ラフィークは口にこそ出さなかったが、ベルは敏感に感じ取り、気が重くなった。
    「調査の新しいメンバーはいつ来るんだ?」
    ラフィークは自分のタオルに手を伸ばした。
    「きみにひとりで潜ってほしくない」
    「ひとりでは潜らないわ」
    ラフィークの言葉にこめられたもうひとつの意味をくみとり、ベルは驚いて尋ねた。
    「仕事に戻っていいの?」
    彼はベルと目を合わせ、眉を上げた。
    「きみは海洋考古学者だ。それにわたしの見たところ、とても熱心だ。続けたほうがいいに決まっている」
    「でも、その、あなたの妻として……」
    ベルは言葉につまった。
    「てっきり……」
    「わたしが女性の役割について保守的な考えを持っていると思ったのかい?」
    ラフィークの唇にまたすばらしい笑みが浮かび、ベルを酔わせた。
    「それも一興かもしれないな。ハーレムに閉じこもり、わたし以外の男と顔を合わせることもなく、ひたすらわたしを喜ばせようと待っている……」
    ラフィークの目がおもしろそうに光るのを見て、ベルの頬がかっと熱くなった。
    「残念ながら、違う。きみが仕事をやめ、わたしの世話だけに専念したいというなら別だが」
    彼の口調から、ベルはそれが冗談だと悟った。
    「そうじゃないの?」
    ラフィークはベルの肘をとり、断崖に設けられた、ロッジに続く階段へと歩いた。
    「残念だが、予想どおりだ。母もそうだった。母は有能な小児科医で、結婚後もずっとクリニックを続けていた」
    「知らなかったわ」
    ベルは、仕事に戻るときが訪れたら、彼と一戦交えなければならないと思っていた。
    階段の下まで来ると、ラフィークはベルを先に通した。
    「心配はいらない。きみは仕事を再開できる。今までと同じというわけにはいかないだろうが」
    これで懸案がひとつ片づき、ベルは肩が軽くなった気がした。
    ふとベルは足を止め、振り返った。ラフィークはすぐ後ろにいた。彼は一段下に立っていたので、目の高さが同じになる。
    「ありがとう、ラフィーク。わたしには大事なことなの」
    ベルは感謝の気持ちを伝えるために彼を抱擁したかった。
    「きみを幸せにできてうれしいよ、ベル」
    ラフィークの声はかぎりなく優しい。
    「きみが満ち足りていることがわたしにはとても大事なんだ」
    ベルはきらきら輝くラフィークの目をじっと見つめた。彼の息が肌にかかり、あの日を思い出す。だがベルにとっては、ラフィークが彼女に敬意を払い、彼女の要求を第一に考えてくれていることが何よりもありがたかった。
    もっとも、彼はこれまでも何度となく、ベルに気遣いを示してくれた。彼女が主張するプラトニックな関係を受け入れ、仕事ができるようにして、シークの妻という役割が重荷ではなく喜びになるよう努力してくれた。
    夫は最高にすばらしい男性だ、とベルは思った。考えもしない事態に至ったのも不思議ではない。
    (ラフィーク大好き。愛してる)

    翌朝、薄明のなかで目を覚ましたベルは、すぐにひとりであることに気づいた。コテージに来てから初めてのことだ。
    ベルは落ち着かない気分だった。
    目が覚めたときにラフィークの温かい体に包まれている贅沢に慣れていた。彼に触れられているときのわくわくするような喜びにも。
    二人は由緒ある年代ものの大きなベッドを共用していた。ベルは毎晩、恐る恐るラフィークを盗み見た。彼の腕に抱かれると、喜びと不安にひき裂かれそうだった。愛してほしいと思いながらも、結婚が永遠に続かないことを知っている身には、その結末が怖くてたまらなかった。
    (ラフィークに愛していると告白して、愛情のままに行動し、別れのときが訪れたら、彼のもとを潔く去る。そんなことができるくらいわたしは大人にならなきゃいけないのかしら?)
    そもそも、わたしを愛していない男性に身も心もゆだねるなんてできない。
    「おはよう、ベル」
    ラフィークが部屋に入ってくると、いつものようにベルの鼓動は速くなった。
    彼はズボンに長そでの白いシャツ、それにブーツという格好で、シャツの襟もとをはだけて日に焼けた喉をさらしていた。髪は後ろで束ね、満面に笑みをたたえている。
    ベルの胸は高鳴った。
    「どこへ行っていたの?」
    「寂しかったかい?」
    ベッドまでやってきたラフィークは、目を見つめながらベルの手を取って、口に運んだ。それからゆっくりとキスをした。心臓が止まるかと思った。彼のキスが掌に移ると、ベルは身を震わせた。
    いつまでたっても彼の愛撫に慣れることができず、触れられるたびにベルの心は乱れた。
    「どこへ行ったのかと思っただけよ」
    彼女は必死に喉から声を絞りだし、手をひっこめた。
    「テレビ会議だ。それにきみを驚かせる準備もしていた」
    ラフィークは上掛けの下に横たわるベルをしばし眺めてから、言葉を継いだ。
    「長そでの衣類と帽子が必要だ。砂漠の暑さに負けないようにね」
    「砂漠?」
    ラフィークはうなずいた。
    「ピクニックに連れていってあげよう」

    二時間後、厩舎のなかでいちばんおとなしいアラブ馬に乗ったベルは、手綱を緩め、眼下の谷に息づくオアシスを眺めていた。そこは砂丘のなかにあるエデンの園だった。椰子の木がそびえ、その下では灌木が密生している。水面は陽光にきらめき、木々の間からは鳥のさえずりが聞こえる。
    「気に入ったかい?」
    ラフィークが尋ねた。
    「すばらしいわ」
    ずっと海辺の町に住んでいただけに、ベルは砂漠の荒涼とした美しさに驚いた。
    かたわらに立つラフィークが、岩の形や動物の足跡、砂に描かれた風紋など、次々と指さしては、簡単に説明を加えていく。
    空高く、よく透る鳥の鳴き声が響いた。
    「あれは?」
    「あれが隼だ。見てごらん」
    見上げると、空を滑るように飛ぶ鳥の姿が見てとれた。
    悠々と飛ぶその姿は限りなく自由だった。
    「さあ、行こう」
    ラフィークが促し、ベルはうなずいた。
    「あなたが先に行って。あとをついていくから」
    ベルは馬に乗るラフィークの優雅な姿を見るのが好きだった。
    砂漠用のターバンをしたラフィークの横顔が熱い太陽に照らされている。
    風に吹かれたシャツが胸に張りついているさまさえも、ベルの心をかき乱した。
    (これはロマンチックな白日夢ではないのよ)
    ベルは自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着かせた。それでも、生気に満ちたラフィークの姿を目にするたび、背筋がぞくぞくした。
    彼はあなたのものよ。手を伸ばし、誘惑の言葉をささやくだけで、あなたの願いがかなうわ。
    ベルは悪魔のささやきと闘い、感情を抑えようとした。
    あえてよそよそしく接しているけれど、わたしが夢中になっていることをラフィークは察しているかもしれない。
    偽りの結婚をした妻が、夫を愛してしまったことを知ったら、彼はどう思うだろうか?
    ベルは震えがちに息を吸い、涸れ谷へと下りていった。
    ラフィークが彼女に射るようなまなざしを向けて待っている。
    誠実なラフィークは決して無理強いはしないが、夫には妻の体を要求する権利があると考えているはずだ。
    だったら、彼と一緒に喜びを求めてもいいのでは?
    でも、ひとたび結ばれてしまえば、わたしは身も心も彼のものになってしまう。
    わたしを愛していない男性のものに。
    「ベル?」
    ベルは誘いかけているような緑色の目をのぞきこみ、そこに気遣いと欲望の色を見て取った。たちまち自制心が砕け散るのが自分でもわかる。
    (この人の魅力に抵抗するなんて不可能、なのかもしれない)
    「おいで。びっくりさせるものがある」
    ラフィークの目が輝くのを見て、ベルの脈が速くなった。
    馬はゆっくりと斜面を下り、真っ青な空を映している池のほとりまでやってきた。小さな谷の中央にある二つの細長い池が、オアシスの緑を育んでいる。
    ラフィークは両手でベルの腰をつかんで馬から降ろした。彼と向かい合う形で降り立ったベルは、息を呑んだ。彼の両手が触れている腰のあたりが熱くなり、全身に広がっていく。腰を両手ですっぽり包まれると、自分が小さく弱くなったように感じる。
    ラフィークの息がベルにかかる。彼の喉もとが脈打つのを見て、ベルはそこにキスをしたくなった。
    しかし、彼はいきなりベルの腰から手を離し、一歩下がった。
    「ベル」
    「ラフィーク?」
    ベルはラフィークの表情がこわばっていることに気づいた。彼も自分の感情をもて余しているのだ。
    「おいで」
    ラフィークはベルの手を取り、ひっぱっていった。
    「気に入ってくれると思う」
    ベルはラフィークだけを見ながら、ゆっくりと歩いた。手をつなぐ二人の間に通い合うものには気づかないふりをして。
    刺のある灌木の茂みをまわりこむと、高い椰子の木立の下に伝統的な遊牧民のテントが設置されていた。テントの前には小川が流れ、池へと注いでいる。ベルは驚きと喜びに息が止まりかけた。垂れ幕の上がったテントの出入口からは、豪華な絨毯が敷かれている内部がちらりと見えた。
    「いつ用意したの?」
    ベルは思いがけない光景に見入った。出入口にはよく磨かれたランプがつるされ、絨毯の上にはクッションが散らばっている。
    『アラビアンナイト』のシェヘラザードが語って聞かせる話に出てきそうな場所だった。
    ラフィークはベルの手を軽く握った。
    「気に入ったかい?」
    「すてきだわ」
    ベルはラフィークに、ほほ笑んだ。彼の目に何かがよぎったと思ったが、次の瞬間には消えた。
    「でも、どうしてこんなところにテントがあるの? いったい、いつの間に――」
    「今朝ヘリコプターがこのあたり一帯の安全を点検したときだ」
    ラフィークは笑みを浮かべ、さえぎるように答えた。
    「その際にピクニックの備品を少しばかり運ばせたんだ。祖父とわたしが砂漠で夜を過ごすときは、いつもテントを使った。きみもきっと気に入ってくれると思ったよ」
    備品を少しばかり。ベルは目の前のテントを眺め、笑いをこらえた。オーストラリアでピクニックと言えば、バスケットと毛布を用意するだけなのに。
    「すばらしいわ。ありがとう、ラフィーク」
    「どういたしまして」
    二人の視線がからみ合い、ベルは息がつまった。
    「ちょっとさっぱりしよう」
    ラフィークはベルを水辺に連れていった。
    「馬は?」
    「大丈夫」
    ラフィークは身をかがめ、手と顔を洗った。
    「逃げたりはしない」
    彼に習い、ベルも水のなかに手を入れた。水はほてった肌に驚くほど冷たい。
    彼女は水を鎖骨にしたたらせ、滴がシャツの下に流れていく感覚を楽しんだ。
    手の汚れを洗い落としてから振り返ると、ラフィークがじっと見守っていた。
    いつものことだ。彼はいつも静かに眺めるだけで、何も言わない。
    しかしこのときは、彼のまなざしの何かがベルを不安にさせ、顔が熱くなった。
    ラフィークに導かれ、太陽の照りつける砂漠からテントに入ると、なかは薄暗く、ひんやりとしていた。ベルが内部の贅沢さに気づいたのは、少ししてからだった。
    砂漠の熱を遮断するため、壁は敷物で覆われ、床には幾重にも絨毯が敷かれている。
    ひとりだったら、ベルは大きなクッションに身を投げだしていたところだ。
    真鍮の低いテーブルが二つ、片すみには不釣り合いなほど大きな携帯用の冷蔵庫が置かれていた。
    ラフィークに従って靴を脱ぐと、上等のシルクの感触が足に心地よい。どの絨毯も大変な価値があるのは明らかだ。
    「さあ。くつろいでくれ。飲み物を取ってくる」
    ラフィークはクッションを指し示した。
    ベルは絨毯の上をゆっくりと歩いた。一歩ごとに、時がゆっくりと流れる別世界へと迷いこんでいくような気がする。白檀の香りに陶然となり、鮮やかな色彩の織物に囲まれて影まで虹色に見える。
    「すごい」
    ベルは嘆息し、刺繍が施された大きなクッションに腰を下ろした。
    鞍に座っていたあとだけに、その柔らかさは格別だ。
    「感激だわ」
    「喜んでもらえてうれしいよ」
    ラフィークが身をかがめ、冷たい飲み物をベルに手渡した。
    グラスまで金線細工が施されている。
    「ありがとう」
    ラフィークのまなざしを見て、ベルは急に喉の渇きを覚えた。彼の表情からは何も読み取れない。それでも、うっすらと笑みを浮かべた唇にベルの鼓動は速くなった。
    ベルは顔をふせ、飲み物を飲んだ。それは甘酸っぱいジュースで、初めて飲む味だった。
    「我が国の伝統的なジュースだ……ざくろとメロンにミントなどがまじっている」
    「おいしい……ありがとう」
    ベルの口調はぎこちなかった。
    「よかった」
    この礼儀正しい意味のない会話が、二人の間に横たわる緊張をなんとか取りつくろっていた。暗黙の、危険なメッセージを秘めた緊張を。
    「けさは本当に気持ちがよかったわ」
    ラフィークが傍らに座ったので、ベルは慌てて言った。彼のしなやかな動きは野性的で、かつ優雅だった。
    「こんなオアシスがあるとは思っていなかった。砂漠に囲まれていたから」
    「泳いでもいいよ。水は冷たくて爽快だ」
    穏やかな言葉とは裏腹に、ラフィークのまなざしは焼けるように熱かった。
    「でも水着を置いてきちゃったわ」
    「オアシスで泳ぐなら水着はないほうが気持ちがいい」
    ベルは二人が裸で池に入る光景を目に浮かべた。たちまち、体がほてる。彼女はジュースの残りを飲み干し、グラスを置こうと、あたりを見まわした。
    「こっちだ」
    ラフィークは彼女のグラスを取り、手を伸ばして低いテーブルの上に置いた。
    「ありがとう。でも、水着がないとわたしには無理だわ」
    「無理には勧めない」
    ラフィークは顔を伏せ、口をつぐんだ。ベルのグラスの横に自分のグラスを置き、片肘をついてベルを見つめる。
    「きみがここに来たのは初めてだ。きみがしたいことをしよう」
    「わたしがしたいこと……?」
    ベルはラフィークの端整な顔をじっと見つめた。息を吸うたび、彼特有の魅力的な匂いがする。夜、ラフィークの隣に横たわっているとき、彼女を責め苛む匂い。
    少しでも動くと、ベルのもろい自制心は砕けてしまいそうだった。それほどまでに彼女はラフィークを求めていた。
    「ベル?」
    ラフィークは低く情熱的な声でささやいた。彼女の手を取り、親指と人差し指の間をなぞる。
    ベルはあからさまな情熱が浮かぶラフィークの目に魅せられ、息苦しささえ覚えた。
    「なんでも、きみが望んでいることをわたしに頼めばいい」
    ラフィークは再び魅惑的な声でささやいた。
    「わたしが欲しいのは……」
    ベルは大きくため息をつき、言葉にできない欲望を理性の力で抑えつけた。
    そのとき、不規則に上下するさまに引かれるかのように、ラフィークがベルの胸のふくらみに視線を落とした。たちまちベルの胸が張りつめる。
    まばたきひとつしないラフィークの熱いまなざしに、肌が焼けるようだ。
    (だめ、このままじゃ。欲望に流されちゃだめ)
    「きみが欲しいのは?」
    ラフィークが先を促した。
    彼に熱いまなざしを注がれ、ベルはついに屈した。
    「あなたの……キス」
    彼女の声は震えていた。
    ラフィークは支配者のまなざしでベルの目をとらえ、彼女の手を口に運んで甲にキスをした。それから手を裏返し、掌にキスをした。ベルは固く目を閉じた。快感が欲望をあおる。
    「きみが欲しいのはこれだけか?」
    ラフィークはささやき、一本ずつ指にキスをしていった。
    (ずるい、ラフィーク……)
    ラフィークの官能的な猛攻を受け、慎重に張り巡らしたベルの防護壁が崩れていく。
    「わたしが欲しいのは……」
    手首に軽く歯を立てられ、脚の付け根がうずく。ベルはラフィークの手をしっかりと握りしめ、目を開けた。
    彼の目に妖しい光がたたえられている。
    ベルはようやく言葉を見つけ、ささやいた。
    「あなたに愛してほしい」

    ベルの目の色が濃くなり、肌が赤らんだ。
    ラフィークは勝利を手にしたことを確信した。
    喜びが押し寄せ、彼は必死に平静を保とうとした。
    ベルを申し分のない方法で自分のものにしたいという欲求が、全身を駆け巡る。
    ベルの目には情熱の色が浮かび、花びらのように柔らかな肌は湿り気を帯び、欲望の甘い匂いが立ちのぼっている。ラフィークが求めているように、ベルも彼を求めているのだ。それも今すぐに。
    息を吸うと、ラフィークの胸はベルの悩ましい香りで満たされた。
    (まだ唇にキスをするのは早い。ちょっとしたことですべてが台なしになる)
    ベルが目をしばたたき、ため息をもらした。
    彼女は身を乗りだし、両腕を彼の首に巻きつけた。
    「ラフィーク」
    彼女は口を開けたまま、彼に身をあずけた。
    ラフィークが思っていたとおり、自制心がくずれ、情熱が解き放たれると、ベルは男にとって最も危険な女性に変身した。
    ベルのすべてが至福のときを約束している。彼女に名前をささやかれるだけで、彼は刹那的な衝動に身をゆだねてしまいそうになった。
    ぐっとこらえ、両手をベルの腰に添える。それだけで彼女はもだえ、腰を動かした。
    「ベル」
    ラフィークはうめくように言った。今、彼女を自分のものにしようと考えるのは危険すぎる。正気を失いそうだ。
    ラフィークは奥歯を噛みしめ、すぐにも彼女を奪いたい思いを抑えこんで立ちあがった。
    そして本能に突き動かされるまま、ベルが抵抗する前にさっと抱きあげた。
    「ラフィーク?」
    ベルが驚いて見つめるなか、ラフィークはテントの隅まで行き、足もとのクッションを蹴った。ベルの目は彼の顔しか見ていない。その目に浮かんでいるのは興奮と焼けるような情熱と……不安だろうか?
    ラフィークはベッドの前で足を止め、ベルをそこに横たえた。もう二人を止めるものは何もなかった。
    「いとしい人、楽にして」
    ラフィークは両手でベルの体を撫で、シャツのボタンに手をかけた。
    (楽になんかできるわけがないわ)
    これまでも彼に触れられるたびに体が悲鳴をあげていたのに。
    どんなにこの瞬間を望んでいたことか。
    ラフィークはゆっくりと手際よくベルのシャツのボタンを外していった。ベルは唇を噛み、忍耐強く、じっとしていようと努めた。
    だが無理だった。彼のシャツに手を伸ばし、最初のボタンを外そうとした。
    「だめだ!」
    彼にぴしゃりと言われ、ベルはきょとんとした。
    「ハビブティ、まだわたしに触れてはいけない」
    ラフィークはベルの手首をつかんで、ひきはがした。
    (なぜ触れてはいけないの?)
    苛だちのあまり、ベルが抗議の声をあげようとしたとき、ラフィークが彼女の上体をわずかに起こし、シャツを脱がせた。
    続いてブラジャーを外し、ベルをベッドに戻す。そして、自分のものだと言わんばかりに彼女を見つめた。
    (やっ)
    その熱いまなざしにベルは身じろぎもできなかった。胸の頂は恥ずかしげもなく硬くなっている。
    「婚礼の夜より……きれいだ」
    ランプの灯りに照らされ、初夜の夜よりもベルのクリーム色の肌は幻想的に輝き、薔薇色に上気している。
    ラフィークは彼女の胸のふくらみを両の手でそっと包んだ。
    「……ぁ」
    甘く痺れるような感覚が体じゅうに広がり、ベルは息を呑んだ。
    優しく胸の頂をつままれると、体の奥まで快感が広がり、ベルはあえいだ。
    「ラフィーク! お願い」
    ラフィークの下で身をよじる。
    「痛かったのかい?」
    ラフィークはからかうような笑みを浮かべ、尋ねた。
    「いいえ、わたしはただ……」
    圧倒的な権力者のような彼の笑みに、ベルは言葉を続けることができなかった。
    小鳥がえさをついばむように、ラフィークがベルの肌にキスを浴びせていく。
    彼の唇が胸の蕾に移ると、ベルは喜びを抑えることができなかった。
    (もっとそばに来て。ラフィーク) 
    ベルは腕を彼の肩にまわし、腰を寄せた。
    ラフィークは彼女の負担を軽くしようと体を少しずらしていたが、ベルは彼の重みを我が身に感じたかった。
    「ラフィーク……」
    ラフィークの手で悦びを与えられているうちに、ベルも彼に触れたくてたまらなくなった。
    (ああ、ラフィーク……この状態がどんなに苦しいか、彼はわかっているのかしら?)
    ベルは強い光を放っていたラフィークの目を思い出した。
    (きっと、ラフィークはわたしの欲望を知って、満足しているんだわ)
    ベルは今、こうして身も心も開き、ラフィークに触れられたいと熱望している。
    (わたしは……欲望に屈してしまった。でも恐いの……一度触れられたあとは、ほうっておかれるのじゃないかって思うと)
    ベルは両手を彼のシャツへと伸ばしてボタンを外し、彼の素肌に触れようとした。
    「ベル、もう少しの辛抱だ」
    (なっ……?)
    ふたたび制止され、ベルが抗議の声をあげようとした矢先、ラフィークが手際よくベルのスラックスを下着ともども脱がせた。
    ラフィークは顔に獰猛な表情をたたえ、ハーレムの女のように一糸まとわぬ身で横たわるベルに視線を這わせた。彼の目は燃え、緊張のせいでいつも以上に顔が引きしまり、美しさを増していた。
    「どうして? ラフィーク」
    (あなたをずっと求めてきたわたしを、もてあそんでいるの?)
    ベルは不安と憤りと悲しみがない交ぜになって、うまく言葉にできなかった。
    なのに、ラフィークはまったく動こうとしない。
    「ラフィーク」
    ベルはせつなくて絞りだすような声で言った。
    「わたしに触れないの?」
    ラフィークは喉をごくりとさせ、身を震わせた。指の関節が白くなるほど、手を固く握りしめている。
    ベルは確信した。
    (ラフィークはわたしを愛していないかもしれない。けれど、彼の体はわたしを激しく求めている!)
    ベルはラフィークの頭へと手を伸ばし、震える口もとに笑みを作りながら、伝統的なターバンをほどいていった。
    ターバンが取れたとたん、ラフィークの肩に落ちた黒い髪に目を奪われた。
    ベルの好きな彼の長いつややかな黒髪。
    ベルはラフィークのシャツのボタンを途中まで外し、両の手を褐色の胸に滑らせた。そして、掌で彼の熱い肌を味わった。
    すると、ラフィークは残りのボタンを自ら一気に外した。ベルはため息をつき、彼にもたれた。ベルの耳の下でラフィークの心臓が大きく打ち、呼吸をするたびに胸が上下する。
    麝香の匂いがベルを包み、彼のなめらかな髪がベルの顔をそっとかすめた。
    (ああ、もっと彼が欲しい。ラフィークのすべてが欲しい)

    潮の香りがする熱い肌を味わおうと、ベルは舌を突きだした。
    口を開けたまま彼の胸にキスの雨を降らせ、彼の固くなった乳首に鼻をこすりつけながら腹部に手を伸ばす。
    次の瞬間、ベルは力強い動きに翻弄され、気づいたときには、ラフィークの下になり、彼の重みを感じていた。
    ラフィークは左手でベルの両手をつかみ、彼女の頭上で固定した。
    「ラフィーク?」
    ベルは驚いた。
    「わたしに触れてはいけない」
    彼の声はかすれ、ベルを見下ろす目は熱を帯びていた。
    (なぜ? 触れてはいけないの?)
    ベルは眉をひそめ、困惑してかぶりを振った。
    「ベル……」
    ラフィークは目を閉じた。
    「ベル」
    もう一度その名前を呼ぶ。そのつややかな声には苦痛めいた響きがまじっていた。
    「まだわたしに触れてはいけない」
    「どうして? 触れてはいけないの……?」
    「ベル、わたしはきみが、わたしを欲しがるまで十分に待たされた……だからきみは、今回はわたしのやり方に従ってくれてもいいんじゃないか?」
    「どういうこと?」
    ラフィークは少しだけ傲慢なほほ笑みを浮かべた。
    「きみは初夜のベッドで王としてのわたしを拒んだ。だが、このハネムーンではただのラフィークとして求めてくれた……違うか?」
    「そう、そのとおりかもしれない」
    ベルはうなずいた。
    そう、嵐の島で出会ったときの、ただのラフィークとベルだったら、どんなにいいか。 そう思っていたのは確か。
    「だから、わたしも王が王妃を優しく抱くのではなく、海賊の末裔として目の前のきみを、ただの女として欲望のままに愛したい」
    「えっ?」
    ラフィークの言葉は愛の告白のようで、ベルはとまどった。
    「大丈夫……略奪した女を抱くような扱いはしないよ、ベル」
    「ラフィーク……」
    「愛されるのではなく、略奪されるのを望んでいるなら別だが」
    ベルはラフィークの言葉に興奮し、脈が速くなった。
    略奪……いっそ本当に略奪してくれたらいいのに。心も体も。
    「もし、略奪がお望みならば、きみのお気に召すままに」
    「そんなことっ……ラフィーク? 何をしているの?」
    彼がベルの両手を下ろすなり、その手に先ほど取ったばかりのターバンの端をかけた。
    それから彼女の手首の傷跡をそっと撫でた。
    「まだ痛むかい?」
    「ううん」
    ベルは首を横に振った。
    傷は順調に癒え、もうすぐ跡も消えるだろう。
    ラフィークはうなずき、手首に柔らかな布を巻きつけた。
    ベルは驚いて口を開けた。
    (まさか?)
    彼女の困惑に気づいたラフィークは手を止め、ベルを見下ろした。
    「わたしを信頼しているか?」
    彼の口調は穏やかだったが、緊張して返事を待っているとベルは察した。
    一瞬、ベルは誘拐犯に手枷をされたことを思い出した。
    だがラフィークを、愛する彼を見ると恐怖は消えた。
    わたしはこの人を心から信頼している。心も体も何もかも彼にささげるのだ。
    「ええ、信頼しているわ」
    「いい子だ、ベル」
    ラフィークは安心して目を細めた。
    「ベル」
    親指で彼女の唇をなぞり、頬と喉を愛撫する。
    それに応えてベルは首を巡らせ、彼の掌にキスをした。
    「お願い、ラフィーク。愛して」
    彼の目の中に喜びの炎が燃えあがった。
    ラフィークは頭を下げ、唇をそっと重ねた。
    「光栄だ」
    そう言ってベルに覆いかぶさり、脚をからませながら彼の匂いでベルを包みこんだ。

    彼はベルの手首を再び彼女の頭上へ、さらにベッドの向こうにあるテントのポールへとひっぱりあげ、そこに布をまわして結びつけた。
    一瞬だけ、ベルは後悔した。どうして彼に何もかもゆだねるように願ってしまったのだろう?
    その後悔も、ラフィークが体を下方へ移したときにどこかへ飛んでいった。
    (ああ……ラフィークだわ)
    唇がゆっくりと重なり、彼女の渇望をいっそうあおる。
    ベルが夢に見ていた、心にまで届く、愛する男性とのキスだった。
    (ああラフィーク。愛しているわ……)
    ラフィークはキスを深め、腿をベルの上にのせたまま重心を片方に移動させた。
    そして、ベルの首から胸、腹部、丸みを帯びた腰へと手を滑らせていく。
    ベルはもっと触れてほしかった。体をよじったものの、両手を縛られているため、彼を引き寄せることができない。
    「お願い……ラフィ……」
    「何?」
    「もっと、わたしに……」
    「もっと?」
    ラフィークの舌と指は緩慢で、ゆっくり味わうようにベルの体をくまなく這い、ベルが触れてほしい場所を絶妙に外してくる。
    (……わたしに待たされた……そのことへのちょっとしたお返しなのかしら)
    ベルはこんなにもすべてをラフィークに捧げているというのに。
    (わたしのすべてを受け取ってほしいのに……)
    ベルが彼の下で熱くなった体をよじると、ラフィークの唇はとうとうベルの胸のふくらみに押しつけられた。
    「んっ………」
    あの初夜のときよりも優しく、ついばむようなキスと舌で、ゆっくりと甘いムースを味わうようにベルの胸を愛撫する。
    もう片方の蕾は、指でつまむように転がすように刺激してくる。
    それだけで跳ねそうになるベルの体をラフィークは彼の重みで制した。
    手首は頭上で束ねられているから、ベルは身をよじる以外の動きはできずに、ラフィークにされるがままだった。
    そんなベルにラフィークは何度も何度も深いキスを重ねていく。
    やさしいけれど、まるで奪うような愛し方だった。
    それでもベルは彼のことを求めていた。
    (ラフィーク、もっともっと。わたしに触れて……っ)
    「ぁっ……ラフィ……」
    ラフィークの舌と指で愛され続けると、彼の黒髪のなかに自分の手を差し込んで彼の頭を抱きしめたくなるが、それもかなわない。
    「んんっ……っあぁぁぁっ」
    「きみは敏感すぎる、ベル」
    「……だって、だって」
    ラフィークの舌が、胸のふくらみから体の中心を通り、ベルのへそのまわりにさしかかった。
    「もう、あの孔雀はないんだな……」
    名残惜しそうに、へそと下腹部をベルの産毛に逆らうように撫で、舌で何度も舐めては口づける。
    「あっ…ん」
    ベルのヒップを両手で包むと、ラフィークは秘所の裂け目をすくうように舐めた。
    ベルの体に小さなさざ波が起こる。
    それに満足したのか、彼はそこへのキスを続けた。
    「……だ、め」
    「どうして?」
    「……こんな……私ばっかり」
    「ベル……きみが楽しむのを見ていたいんだ」
    ラフィークはベルのほころびの秘肉を指ではじいた。
    「あっ! だめっ……」
    驚いて飛び跳ねたベルの太ももがラフィークの顔をはさむように閉じようとする。
    「いとしい人……そんなきつく閉じないで。きみが喜べば喜ぶほど、わたしはうれしいのだから」
    彼のささやきに秘裂に二つ目の心臓ができたようだ。
    ドクンドクンと脈打っている。
    「力を抜いて、ベル」
    ベルは言われるままに、両ももから力を抜いた。
    「いい子だ」
    ラフィークの息がふたたび秘裂にかかり、ベルの秘部が小刻みにざわめき、吐息がもれる。
    「ああ……」
    身動きのとれない体から、快楽の波を逃そうとベルの両脚がうごめくが、それさえもラフィークの手につかまえられてしまう。
    ラフィークはそのままベルの両脚を優しく彼女の体に近づけるように曲げていく。
    「やっ……」
    秘肉を彼の前にすべてさらすことになって、ベルは羞恥の声を上げた。
    ラフィークの長い指がベルの秘肉を割って、外側の花びらを開かせた。
    「ベル……」
    花びらはすでに濡れそぼっていて、彼の目の前で赤く息づいて花開こうとしている。
    そのまま内側の花びらもラフィークの指は繊細に開かせていた。
    クチュ。
    「や……ダメ、そんなふうにしちゃ、いやっ」
    ベルの可憐な花弁がぷっくりと美しく花開いた。
    「きれいだよ、ベル」
    「こんなのは、いや」
    「なぜ? こんなにきれいなのに。きみにも見せたいくらいだ……こんなに濡れて。これは初夜の媚薬であふれた蜜とは違う……わたしのためにあふれさせてくれた蜜だ」
    ランプの灯りに照らされて、しっとりと光る花弁をラフィークは見つめた。
    クチュッ。
    「やぁ……ん」
    ラフィークの長い指がベルの内部に入ってきた。
    最初は一本。
    すぐにもう一本。
    クププッ。
    「あああぁぁぁっ」
    指はしばらくベルの内壁の様子を確かめるように、静止していたが、すぐにゆっくりと、だがいたずらするように、なかをかき混ぜだしてベルを翻弄する。
    「あああああああ……っ」
    ベルはなすすべもなく、身をよじった。
    彼女の両眼から涙があふれ出す。
    ラフィークの指はずるくて、柔らかい指の腹でベルのへそ側の壁をこすり上げるが、彼女がじれて肉壺をきゅっとせばめて指を呑み込もうとすると、浅い部分に逃げて行く。
    そしてベルの肉壺が脱力すると。
    クプッ。
    ふたたび最奥まで入ってきて奥をくすぐる。
    そしてもう一方の手は、人差し指と中指でベルの肉芽をはさんで刺激している。
    「だめ……もう、だめ……ラフィーク、わたしっ」
    「ベル、こらえて。もっともっとよくなる……」
    ぐちゅぐちゅと彼の指が肉壺を激しくかき混ぜる。
    「あああああん……だめっ、あっ、あっ、ああんっ。おかしくなるっっっ!!」
    抑えても抑えられない声がベルの口をついて出る。
    「んんっ! あああああんっ……」
    「ベル、そんなに締め付けないで」
    ラフィークはベルの秘所から指を抜くと、ベルの体の上に覆い被さり、彼女を殺してしまいかねないほどの魅力的な声でささやいた。
    「ベル、今日がふたりの本当の初夜だ」
    「ああああああああんっ、ラフィっっっ」

    絶頂を迎えてラフィークの下で小刻みに震えているベルに、ラフィークの分身がわけ入ってきた。
    「あっ」
    ゆっくりと彼女の内部をかき分けて押し入ってくる、指とは違うそれ。
    ラフィークの肉茎は圧倒的な存在感と圧迫感でベルの肉壺を支配して、甘く熱く、ラフィークの印を刻みつけるように凶暴だった。
    「ラフィ……」
    ベルは悦びで全身をわななかせた。
    熱い凶暴なかたまりは、どくどくと肉壺のなかで脈打ち、ベルはこの疼きに全身が痺れてうまくしゃべることもできない。
    「ベル、目をあけて見てごらん。わたしたちを」
    ベルは挿入されているラフィーク自身の圧倒的な存在感に、体を上にずらそうとした。
    ラフィークはベルの腰をとらえてひき戻す。
    「やっ……」
    「逃げないで、ベル」
    「……だって、ラフィーク……わたし、どうなってるの? 力が入らないっ」
    ベルはラフィークに懇願した。
    「ぁ、ラフィーク。お願いだから、手を自由にして……あなたを抱きしめたいの。そうじゃないとわたし……どうかなってしまいそう……ぁぁ」
    ラフィークは瞳を輝かせて、ベルの胸の蕾に歯を立てた。
    「やっ!」
    「だまって……今はわたしがきみを味わう番だ。海賊としてきみを抱くと言ったろう?」
    「でも……だって」
    「時間はたっぷりある。きみは海賊に略奪された姫君にでもなったつもりで、ただ快楽におぼれていれば、いい」

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