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あらすじ
お前を抱きたい、俺の妻として
色気溢れる勇猛皇子にぐいぐい迫られてます!社交界で突然、婚約破棄された伯爵令嬢ジュリア。だが宮廷作法を教えていた麗しの第二皇子サイファスに「では彼女は俺がもらおう」とその場で求愛され、戸惑いつつも受け入れることに。密かに慕っていた彼から「俺にとってお前は誰より可愛い女だ」と愛を囁かれ、甘く触れられ蕩けるような日々を過ごす。でもある日、彼と敵対する皇后に呼び出されて!?
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キャラクター紹介
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ジュリア
複雑な式典作法を完璧にマスターしている博識の伯爵令嬢。自分に自信をなくしていたがサイファスと出会い愛されることで花開く。 -
サイファス
野生味の色気溢れる第二皇子。式典作法に苦労をしていた所をジュリアに助けられる。
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試し読み
「あの馬鹿の振る舞いにはむかっ腹が立っていたが、お前を手放すという英断には感謝しなくてはならないな。おかげで策を弄することなくお前を望むことができる」
目を細めて彼は笑う。指先で鎖骨を撫でていた手が、今は手の平全部を使ってジュリアのデコルテの肌に触れる。
あと少しその位置が下がれば、胸の膨らみに触れてしまいそうな位置だ。
彼の手を押し返したくても、不安定な姿勢で押し倒されているせいで思うように身体が動かせない。
とんでもない暴挙だ。
だが困ったことに、彼のその露骨な接触をジュリアは嫌だと思っていない……それどころかその皮膚の感触が、そして温もりが肌を通して伝わるたび、言葉にできないぞくぞくとした奇妙な感覚に神経を擽られて身体が熱くなってしまう。
いつしかしっとりと、その肌が汗で湿り始めていた。
「……ど……して……」
結局、やっとの思いでジュリアがどうにか口にできた言葉はそれだけだ。
何かを言おうとしてもぱくぱくと口が開閉するばかりで、上手く言葉が出てこない。
それでもサイファスにはジュリアが問いたいことが何かは理解しているのだろう。
「どうしてこんなことをするのかと? 決まっている、お前に惚れたからだ」
「う……」
「嘘じゃない。好きだ、ジュリア。結婚してくれ」
「でも……」
「あの男のことが気になるなら心配するな。明日にでも婚約破棄の正式な書面にサインをさせる。そもそも言い出したのは向こうだからな、会場にいた全員が証人だ。あれだけのことをしておいてなかったことにはできん」
「ば……」
「賠償金? 名誉毀損の慰謝料も合わせて向こうから搾り取ってやるから安心しろ」
何かを言おうとする側からサイファスは、ジュリアが言わんとすることを全て先回りして潰していく。
(……どうしよう。なんだかもう、夢なのか現実なのか、判らなくなってきたわ……)
大体突然の婚約破棄騒動にすら混乱した頭は対処し切れていないのに、それを上回る大きな衝撃を与えられた上に強烈な色気をぶつけられて、冷静に考えられる女性がいるのだろうか。
もう混乱しすぎて涙が出てくる。それを懸命に耐えると、唇が震えてしまった。
「どうした? 泣きたいなら素直に泣けば良い。もっとも、その涙の理由が何かは教えてほしいが」
囁く声は、相変わらず低く、艶っぽく、それでいて甘い。今までよくこの人と共に時間を過ごせていたなと、過去の自分に驚くくらいだ。
なんだかだんだん叫びたくなってきて、その勢いのままに口を開く。
「わ、わけが判らない……! 好きだとか、結婚とか、そんなの今まで一言も」
「俺も自覚したのは最近だからな。実は自分でも少し驚いている」
「か、からかうのは止めて!」
「あいにくと本気だ。冗談でこんなことを言うほど悪趣味じゃない」
「だ、大体、私なんか、あなたにそんなことを言ってもらえるほどの女じゃ……」
「気に入らんな」
元々低く艶のある声が、さらに低くなる。
気に入らないという言葉通りに不機嫌そうに響いた声から、彼の気を損ねてしまったかと反射的に怯えを抱いた時だ。
「あの男はどれだけお前の自尊心を傷つけたんだ? その礼は改めてさせてもらう。だが、今は素直に答えてくれ」
今、自分はどんな顔をしているだろうかと、そんなことが気になった。
「俺が嫌いか?」
首を横に振る。そんなわけはない。
「なら、結婚するな?」
何が『なら』に繋がるのか全く判らない。嫌いじゃないから即結婚しても良いということにはならないだろうに。
「女を口説く上手い言葉など知らん。だがお前が肯いてくれるなら、二度と自分なんかという言葉が出てこなくなるくらい愛してやる。お前がこれまで粗末にされた分も補って余りあるくらい、そんな扱いをされて良い女ではないと教えてやろう」
瞬間、我慢していた涙がこぼれ落ちてしまった。言葉なんて出てこない。
「自惚れても良いなら、少しは好いてくれているのではと思っていたが、それは俺の勘違いか?」
言葉で答えることはできなかったけれど、代わりに今まで以上に真っ赤に染まった頬や耳朶が答えを雄弁に語っている。
フッと笑う気配が伝わってきて、ますます身を固くした。
「好きだ、ジュリア」
再び告げられた愛の言葉は、不思議なくらいスッとジュリアの胸に染みた。
動揺して、混乱して、まともなことなんて考えられる状況ではないのに、ただその言葉が嬉しかった。
他の誰に言われるより、サイファスだからこそ嬉しいと感じた。
その喜びはジュリアの震える唇から、自然と想いを溢れさせてしまう。
「……私も、好き……でも……」
でも、なんと続けるつもりだったのだろう?
それを確かめる間もなく、顎を掬い上げるように上向かされて唇を奪われる。
「んっ、ふ……っ」
初めに感じたのは熱だ。
直に触れ合う自分とは違う人の熱にびっくりして硬直するけれど、無意識に両手で彼の腕に縋る。
作法には詳しくても、こんな時どうすれば良いのか全く判らない。
口を塞がれて、息が苦しくて、空気を求めて口を開けばそこにすかさず肉厚の生温かな舌が潜り込んできて、さらに肩が跳ね上がる。
「は……、んぅ……」
まるで、重なり合った唇から直接甘い毒を流し込まれるかのような口付けだった。
一秒ごとに理性が奪われて、本能がむき出しにされていくような。
頭がぼうっとするのは、息苦しさのせいか、それとも別の理由か。
「ま、待って、サイファス……!」
なんとか唇を離して弱々しく訴えたが、サイファスが待ってくれることはない。
それどころか彼はおもむろにジュリアの手を取ると、ワインの染みがついた彼女の手袋を脱がせてしまう。
そして素肌に移った酒精を舐め取るように、指先を口に含んできた。
「な……」
最初は右手の人差し指から。彼の手に比べれば小枝のように細いジュリアの指を舐め、吸い、軽く歯を立ててくる。その次は中指へ。
そのたびに、指先から身体の芯がぞわぞわした。じっとしていられない刺激が走って全身が細かく震えるのを止められない。
五本の指全てを順に味わった彼が次に口付けたのはジュリアの手の平で、その中央や指の股までを丹念に舌でなぞられてそのたびに身体が細かく震えてしまう。
怯えるように、官能に戸惑うように。
「だ、だめ、やめて……サイファス……」
「……本当に、やめてほしいか?」
低く問われて言葉が詰まった。
心臓が、耳のすぐ横に移動したみたいに、ドクドクと激しい脈が頭の中に反響する。
手なんて普段何気なく使っていた、思考が停止するほどの刺激……もっと言うなれば快感を覚えたことなどなかった。
そこが性感帯の一つになり得るものであることすら、ジュリアは知らなかったのに……サイファスにそうされていると思うだけで、とんでもない羞恥と動揺と、そしてもっと触れてほしいと思う欲望に支配される。
今頃になって、ドレスや肌に染みたワインの匂いに酔ったような気がする。
けれど今ジュリアを本当に酔わせているのはワインなどではなく、目の前のこの危険すぎるほど強烈な色香を放つこの男だ。
答えられずに身を小さく竦めながら沈黙するジュリアの真っ赤に染まった頬に彼は笑い、そして再び口付けは唇に舞い戻ってきた。
口付けられる、と判っていたのに顔を背けず、ただ視線を彷徨わせるだけのジュリアは、そこに合意があっただろうと言われたら否定はできない。
ジュリアのむき出しになった手をぎゅっと握り締めて、サイファスは角度を変えて何度も口付ける。下唇を甘噛みし、深く、互いの舌と舌を擦り合わせながら。
「ふ……ん、は……んんっ……」
どういうわけか、口を塞がれていても鼻の奥から抜けるような甘い声が漏れる。
子犬や子猫がもっとしてほしいと、甘えて撫でられることをねだる時のように。
彼の身体を押し返そうとしても手を封じられてできないばかりか、そもそも力が入らない。それどころかまるで縋るように、逆に握り返していた。
そんなことを何度か繰り返すうちにジュリアは自ら口を開いて、彼の深すぎる口付けを受け入れるようになっていた。
「ん、んむ……あぁ」
舌を吸われるたび、口内を探られるたび、顎から首の後ろに向かって身震いするような刺激が駆け抜け、感じ入った声がこぼれ出る。
キス、という行為がこんな深い触れ合いをするだなんて知らなかった。身体の一部を繋げ合うという意味では、これも一つの性交ではないかと感じるくらい淫らで、はしたなくて、なのに恥ずかしいくらい興奮してしまう。
今までジュリアは、あえてこういった男女の行為については考えないようにしていた。
いずれアーネストと結婚するものだと覚悟していたけれど、彼との夫婦生活は決して愛に溢れた恋愛物語のように幸せなものにはならないと判っていたから。
こういった行為も、跡継ぎを得るための義務であってそれ以上ではないと。
だけど……
「ジュリア……」
低く甘く名を呼ばれながら、初めて触れ合う異性の身体も唇も、義務という硬質な言葉を完全に払拭してしまう。そこにお互いに対する好意があるだけで、全く違った受け取り方になるのだと教えられて、体温がますます上がった。
舌の付け根からじわっと唾液が溢れ出て、サイファスのそれと混じり合い、呑み込みきれなかった分が舐め取られ、また背筋が震えた。
(何を、しているの、私……こんなこと……)
言うまでもなく結婚前の令嬢がすることではない。
僅かに残っている理性がそう訴えるのに、身体は自然と彼の求めに応じてしまう。
「ん……ん……」
だって気持ち良いのだ。抱きしめられることも、温かな体温を感じることも、直接肌が触れ合う刺激も、舌を探り吸い合う行為も。
広い胸にすっぽりと抱え込まれると激しく胸が高鳴るのに、絶対的な安心感があって、ずっとこうしていたいと願ってしまう。
混乱したまま場の雰囲気に流されている感は否めないけれど、ジュリアは自分自身がこの行為の先を望んでいることを自覚していた。
長い口付けはどれほど続いただろう。
「んっ……あっ……きゃっ……あぁ……」
やっと唇を解かれ、代わりに首筋に吸い付かれて思わず声が出た。
続いて熱い溜息が漏れ出たのは、胸の片方を彼の手に包み込まれたからだ。
これまではウエストを細く見せるために胸の下部を潰して上部を盛り上げ、腰を締め上げるタイプの矯正下着が主流だった。
だが、ここ最近は不自然に盛り上げるより綺麗に胸の形を見せることが流行となっていて、それに合わせてコルセットも胸のふくらみの下から絞るタイプへと変わっている。
今ジュリアが身につけているものも後者のタイプで……つまり、いちいちコルセットを外さなくとも、乳房の柔らかさを堪能できるということだ。
この流行が女性以上に男性に好評だと聞いた時には、無理に矯正するより自然体の方が美しいということかと納得していたけれど、なんとなく今その理由が判った気がする。
そのままサイファスの手が襟ぐりから、ぐいっと生地を下着ごと押し下げた。
広くデコルテが開いたドレスから、ふるりと両胸がこぼれ落ちるように露わにされて、慌てて両手で隠そうとするけれどその腕の下にサイファスの手が潜り込んでくる方が早い。
「あっ、や、だめ……!」
絞るように胸を揉まれ、かと思えばその頂きをぎゅっとつまみ上げられて感じる甘い疼痛に身もだえする。
かろうじて制止の声を上げたのは嫌だったからではない。このまま最後まで流されるように身を捧げてしまったら、ジュリアはただの身持ちの悪い娘になってしまう。
それでなくとも今自分は、まだ正式な婚約破棄を済ませていない身綺麗とは言えない立場なのに。 -
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