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「フルール……っ」
「え?」
思いがけず聞こえた自分の名に、耳を疑う。
「……フルールっ!」
だが、扉越しに耳を澄ませると、また確かに苦しそうな呼び声が聞こえた。
「は、はいっ!」
ディオンは本当に具合を悪くして、緊急に助けを必要としているのだ。
扉を開けて勢いよく踏み込むと、酒の香りがフルールの鼻をついた。
小さなランプが灯るサイドテーブルには空の酒瓶が何本か転がり、寝台に突っ伏して敷布を固く握りしめているディオンが目に入る。
「ディオン様!」
フルールが寝台に駆け寄ると、苦悶の表情で額に汗を浮かべていた彼が、薄く目を開けた。
「フルール……? どうして……」
フルールを見たディオンが信じられないというように口を戦慄かせ、掠れた声で呟いた。
「お呼びになったのが聞こえましたので……」
水か薬を持ってきた方が良いかと尋ねようとしたが、唐突にディオンの腕が伸びてきて抱きしめられた。
「きゃっ!?」
強く引き寄せられてバランスを崩し、もつれあうように一緒に寝台へ倒れこんでしまう。
「フルール……無事だったのか……良かった」
「え?」
深い安堵の篭る声音で告げられた言葉に、抱きしめられながらフルールは目を瞬かせた。
空の酒瓶から察するに、彼は酔って寝惚けているのだろう。
今のセリフから察するに、どうやらフルールに何か悪いことのあった夢でも見たようだ。
自分は建前の妻なのに、夢の中でも気にかけてくれるなんて、本当に優しい。
こんな風に抱きしめられるのは初めてで、フルールの心臓は壊れそうなほど激しく脈うつ。
驚いたが、冷たい態度で押し倒された初夜の時みたいな恐怖は感じない。
むしろ、胸が高鳴って、嬉しくさえ感じた。
「ディオン様、大丈夫です。私はここにおりますから」
ドキドキしながら小声で告げ、ディオンの額に汗で張り付いた金色の前髪をそっと払うと、彼が微笑んだ。
「そうか……大丈夫なんだな」
秀麗な顔立ちに、とても幸せそうな笑みを浮かべたディオンは、見惚れるくらいに綺麗だった。
敷布に仰向けになったまま、ぽぅっと見惚れていると、彼の両手がフルールの頰をそっと包んだ。
ディオンの顔がゆっくりと近づいて来る。身動きもできず彼に見惚れたまま、フルールの唇に暖かく柔らかいものが触れる。
慈しむようにそっと重なった唇が離れ、フルールの顔が瞬時に真っ赤になる。
――キス、されたのだ。
「え……ディオンさま? ……っん」
震える声は、もう一度降りてきた唇に塞がれた。
今度は、触れるだけではない。熱い舌がフルールの閉じた唇をなぞり、こじ開けて、ぬるりと口腔に忍び込んでくる。
「っ!」
驚き、反射的に逃れようとしたけれど、ディオンは離してくれなかった。いっそう深く唇を合わせ、縮こまるフルールの舌を絡め捕らえ、甘く噛みつく。
「ん、んんっ」
ゾクリと、決して不快ではない奇妙な感覚が背筋を走り、フルールは身を竦める。
強く残る酒の味が移り、クラリとこちらまで酔いそうになる。
「フルール……フルール!」
時おり唇を離して息継ぎをさせる合間に、ディオンが熱に浮かされたように切羽詰まった声でフルールを呼び、抱きしめる。
「っ、はぁ……はぁ……」
「君は、本当に可愛らしいな。可愛らしくて、たまらない」
ディオンが目を細め、荒い呼吸を繰り返すフルールの頰を撫で、顔を覗き込む。
「フルール……好きだ。愛している」
熱の篭るうっとりとした視線と、蕩けそうな甘い声に、フルールは自分の目と耳を疑った。
彼は、自分は誰も愛せないから建前の妻を持つのだと、はっきりフルールに宣言し、わざわざ破格の条件を提示して取引を持ち掛けてきた。
――そこまでしていたのに、どうして急に……?
「フルール……もっと、触れたい」
狼狽えている間に、長い指がフルールの寝衣のボタンを一つずつ外し始める。
「あっ、あの、ディオン様⁉」
混乱しきり、焦って彼の胸に手を突いたが、びくともしない。
はだけた寝衣から覗く鎖骨に軽く歯を立てられ、ビクンとフルールはのけ反る。
「んんっ」
「フルールを抱きたい。抱かせてくれ」
直接的な要求に、フルールは狼狽える。
「で、でも……」
酔うと性格が変わる人もいるらしいが、ディオンはそういうタイプだったのだろうか?
そういえば食卓でも、彼が酒を飲んでいるのは見たことがない。
それがどうしてこんな深酒をしたのかは謎だが、とにかく普通の状態でないことは確かだ。
「あ、あの……ディオン様、待って……」
「散々に我慢していたんだ。もう待てない」
「え? で、ですが……」
散々に我慢していたとか、どう考えても彼の言動は変だ。
こんなことをするのはきっと、酔って寝惚けているせいに違いない。
このままフルールを抱いたりしたら、後で正気に戻った時、酷く後悔するはず。
驚愕におろおろしつつ、酔い覚ましの水でも持ってこようかと尋ねようとした矢先、ディオンの手がフルールの顎にかかった。
また、深く唇を合わせて深く貪られる。
舌を食べられてしまうのではと思うよな、獰猛な口づけだった。
常日頃からディオンは非常に冷静で紳士的な人物であり、あまりというよりも、極端なくらい感情を露わにしない人だ。
初夜にフルールを押し倒した時でさえ、計算したうえでの行動で、すぐに止めてくれた。
だから、彼をそういう冷静で理知的な大人だと認識し、女性を相手に感情を乱すなど想像もしなかった。
それが今。ディオンは信じられないほど激しくフルールを抱きしめて口づけ、貪りつくしたいというように、離そうとしない。
重ねた唇の隙間から、粘膜のこすれ合ういやらしい水音が零れて聴覚を犯す。ゾクゾクするほどの愉悦に背筋が震え、頭の芯が痺れていく。
「ん……ん、んん……」
きゅうと下腹部が窄まるような感覚がして、足の付け根が疼いた。フルールの口から吐息のような声が思わず漏れる。
蜂蜜みたいな甘い口づけに恍惚となっているフルールの脳裏に、ふと囁く声があった。
――酔っていようと、ディオン様から迫ってくれているのは事実じゃない。この機会を逃して、本当に良いの?
「っ……」
甘美な誘惑に息を吞み、彼の目を覚まさねばという気持ちが途端に揺らぎはじめた。
毎日優しく気遣ってくれるディオンと暮らすうちに、決して愛されない自分の立場が寂しくてたまらなくなってきたけれど、彼と交わした約束だからと耐えていた。
トロリと、蕩けるような笑みを浮かべたディオンに、熱っぽく見つめられているだけで、頭がクラクラ痺れるほどの陶酔感を覚える。
この甘い時間を、もう少しだけで良いから味わいたい。もっと強く抱きしめて欲しい。いっぱい触れて欲しい。
ディオンの目を覚まさなければそれが叶うのだと、魅力的な誘惑がフルールを唆す。
後でどれほど後悔しようと、今だけでも愛してもらえるなら構わない。それくらい、強く惹かれるようになっていたのだと思い知った。
まだ人生経験も少ない十八歳のフルールに、それは愚かな行為だと冷静に考えることはできず、止める者もこの場にはいない。
ディオンを押し戻そうとしていたフルールの手から、完全に力が抜ける。
「ディオン様……」
思い切って、自分から手を伸ばして抱き着いた。
ディオンが嬉しそうに微笑み、手早くフルールの寝衣を脱がせる。
しかし抱かれたいと望みつつ、下着の紐も解かれ、己の身体を覆い隠すものを全てはぎとられると、やはり羞恥に身が竦んだ。
反射的に手で胸と下腹部を覆い隠そうとしたが、意外に力強いディオンの腕がそれを阻む。
抱き起こされて、彼の膝へ後ろ向きに座らされてしまう。両脚も、ディオンの脚に絡められて大きく開かされる。
「や、恥ずかしい……っ」
ランプのほのかな灯りの中、秘部を曝け出す姿勢に思わず悲鳴をあげ、フルールは両手で自分の顔を覆った。
ディオンは構わず背後からフルールの首筋にねっとり舌を這わせ、両手で乳房を揉みしだく。
「こんなに可愛らしい姿を、恥じることはない。鏡に映して見せてやりたいほどだ」
「そ、そんな……」
クスリと笑い混じりに囁かれ、フルールは目を剝く。
しかし、情欲の滲む声は滴るような色香を含んでいて、いやらしいと軽蔑するどころかいっそうドキドキと胸が高鳴ってしまう。
(夫婦の営みの、こういう時……ど、どうするんだったかしら……?)
せっかく、嫁ぐ前に一応は男女の営みについて習ったが、初日早々にそれが不要とわかったから、それきり記憶の奥に葬り去ってしまった。
必死に思い出そうとするも、掬い上げるようにぐにゅぐにゅと乳房を揉みしだく大きな手の感触にばかり気を取られ、頭が真っ白になって何も思い出せない。
柔らかな胸がディオンの中で蹂躙され、形を変えていくたびに、胸の先端がジンジンと奇妙に疼いていく。
(なんだか、変な感じ……)
むず痒いような、胸を掻きむしりたくなるようなもどかしさに、知らずに眉が寄る。
自分の身体がどうなっているのか気になり、チラリと指の隙間から覗くと、剝き出しの乳房がディオンの手の中で柔軟に形を変え、薄桃色の先端が木苺のように赤く膨らんでいる。
「んんっ!」
ディオンに触れられているのだと生々しく視覚から実感し、ゾクリと快感に肌が粟立つ。
固くなった両胸の先端を指で強く摘ままれ、鮮烈な刺激が胸の奥に突き抜けた。
「ん、あ、ああっ!」
乳頭をカリカリと指先で弄られ、むずむずと身体の芯を疼かせる刺激にフルールは身悶える。
「あっ、や、ぁ……」
恥ずかしいのに、媚びるような、自分のものとは思えない甘えた声が止まらない。
思い切り開かされている内腿が痙攣し、その奥の秘めた場所がヒクヒクと震えて、熱いものが零れだすのを感じる。
胸を弄っていたディオンの手が片方、その中心に伸びていく。
「っあ!」
くちゅ、と小さな音を立てて濡れた花弁に触れられ、フルールは大きく喉を反らして喘いだ。
「こんなに濡らしていたのか」
笑いを含んだ声に、消え入りたいほどの羞恥に襲われる。
「フルールの気持ち良くなるところを、もっとたくさん触れさせてくれ」
ぬめる蜜をまとわせながら指が移動し、花芽に触れられる。一際強い快楽に、耐えられずフルールは大きく身体を震わせた。
敏感な突起を、指の腹で優しく擦られるたび、蜜口から新たな愛液が溢れだす。はぁはぁと息があがり、上気した肌に汗の球が浮かぶ。
「ああっ……だめっ、離し……っ、やぁ……」
下腹部を中心に快楽が苦しいほど膨らみ、フルールの全身が小刻みに震えだす。
これ以上され続けたら、淫らな快楽に溺れて後戻りできなくなりそうで、怖気づいた。
「や……おかしくなっちゃう……や……」
「快楽に達するだけだ。安心して、おかしくなればいい」
「で、でも……ひゃっ!」
耳朶を甘噛みされ、声が跳ねた。
身体をくねらせると、否応なしにディオンの腰に臀部を擦りつける形になってしまう。
「っ……そんなに煽って、いけない子だ。我慢できなくなるだろう」
ディオンが小さく、艶めいた呻きをあげた。
彼はまだ寝衣を着たままで、布越しにフルールの肌へ当たる熱い塊が、いっそう固く膨らんでいく。
花芽を弄る彼の動きが強くなり、もう片手で乳房も揉みしだき、真っ赤になった先端を摘まんで指で押しつぶす。
「あ……あ、あ……怖い……」
身体の中で膨らむ未知の感覚に、追い詰められる。
怯えてしゃくりあげると、肩越しに不自由な体勢で唇を塞がれた。
「う、んぅ……ふ……」
「フルール、愛している」
優しい囁きに、ズクリと腹の奥深い部分が疼いた。
同時に、罪悪感という名の棘が鋭くフルールの胸を刺す。
「っは……ディオン様……私も……」
彼は酔っていて、自分はそこに付け込んでいるだけだという冷ややかな己の理性から、全力でフルールは耳を塞ぐ。
罪悪感と切なさから逃れようと、いつしかフルールの方からも積極的に舌を絡め、口づけに応えていた。
強すぎる淫らな感覚に理性を失いそうなのを、戸惑って怖がっていたのに、もういっそ何も考えられなくなるよう快楽に溺れたくなる。
重ねた唇と花芽を弄られる下肢から、くちゅくちゅと淫靡な水音が立ち昇る。
「んっ、ん……ぅ、――――っ」
赤く充血した花芽を強く摘まれ、膨らみ切った快楽が弾けた。
目の前が真っ白になり、フルールはガクガクと腰を痙攣させる。
膣襞が収縮を繰り返し、どっとあふれ出た蜜が敷布に大きく染みを広げていく。
「あっ、あ……あ……」
短く鳴きながら、身体にまだ残る余韻に打ち震えた。
くたりとディオンに背を預けていると、いきなりまた敷布に押し倒された。
ディオンが覆いかぶさり、まだトクントクンと小さく脈打っている膣内に、しなやかな長い指が一本、つぷりと埋め込まれる。
「っ‼」
過敏になっている微肉への刺激は強烈で、フルールは思わず息を詰めた。
十分すぎる程のぬめりのおかげで痛くなかったが、初めて異物を挿入する違和感はぬぐえない。全身が強張り、体内の指を思い切り締め付けてしまう。
「狭いな……」
ディオンが呟き、フルールの胸に顔を寄せる。尖った先端にぬるりと舌が這った瞬間、そこから背中にゾクゾクした快感が走り抜けた。 -
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