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あらすじ
今宵も仇の愛技に溺れてしまう――エロティックサスペンス
「もっと……私に甘い蜜を運んできておくれ、可愛い蜜蜂姫」家族を喪う原因となった美しい王・ファディルへの復讐のため、シェルヴィはビィと名前を偽り、妾妃として褥へ侍る。シェルヴィを刺客と知りながら手練手管で翻弄するファディルに、シェルヴィの体は蜂蜜のように蕩けていく。憎しみと快楽に溺れるビィと、艶やかな王の淫らな攻防戦の結末は……?
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試し読み
ランプの灯りが絞られた寝室。趣を凝らして幾重にも薄衣を巡らせたベッドの天蓋の中で、二つの影が折り重なっていた。
「ぁん……っ」
男に組み敷かれ、首筋に吸い付かれた少女の唇から細い喘ぎ声が漏れる。赤味を帯びた黒い巻き毛が僅かにシーツの上で波打ち、頭頂部に挿してある簪の紅玉石が鈍く光った。
少女は自分が漏らした声に一瞬驚いた表情を見せて、恥じらうように長い睫毛を伏せる。頬が僅かに上気していた。
「……なるほど、初めてというのは本当らしいな」
男は吸い付いていた首筋から唇を離し、どこか面白そうな顔で娘を見下ろす。彼の言葉に反応して、大男なら片手で握れそうな少女の細い首に、更に羞恥の朱が散った。
「お疑い、だったんですか?」
視線を逸らしたまま発した声が、彼を責めるように硬い。確かに愛玩用に献上された娘の純潔など、疑われても当然だと、彼女自身分かってはいるのだが。
とは言え期せずしてそんな責める声を出してしまったのは、目の前の青年の艶めいた美しさのせいだった。
少女は自分の上に覆いかぶさった青年をそっと盗み見る。余裕に満ちた笑顔がその視線を捉えた。部屋着が着崩れた格好でも、彼の気品は全く損なわれていなかった。彼に見つめられている、そう思うだけで少女の頭には血が上り、冷静さを失いそうになる。
ファディル二世。初代百花の王の実名を貰い受けた、カレンティナ十四代目の若き王。
彼は通り名である『百花の王』を体現するかのごとく、生気に満ちて咲き誇る花々にも似た美しさを放っていた。
彫りの深い顔立ちや均整のとれた体躯、といった外見もさる事ながら、醸し出す雰囲気がかぐわしく、どこか甘い。特に緑柱石色の美しい瞳は、暗がりのせいか今は碧みを帯びて、蠱惑的な光を湛えている。
かの有名な初代百花の王は凡庸な外見だったと聞くのに、どこで遺伝子が革命を起こしたのだろう?
彼女にそう思わせるほど、見つめられるだけで酔いそうな容貌の青年である。そんな彼の妖艶さが、少女を想定外に緊張させていた。
彼女の胸中の焦燥を意に介することなく、王は飄々と問いに答える。
「いや、……まあ、そうなるか」
礼儀上、一旦否定しようとしたらしい言葉はあっさり打ち消された。
「まあ、どちらでもおまえの美しさに影響はなさそうだが」
彼は悪びれもせずに優雅な笑みを浮かべて、大きく開かれた少女のナイトドレスの胸元の谷間に、つうっと指を滑らせた。
長い指先が触れた肌にぴりりと軽い痺れが走り、少女は息を呑む。その感覚は、指に込められた力は変わっていないのにも拘わらず、彼の指が豊かな双丘の谷間からゆっくり円を描くように頂上に至るにつれて強くなった。
指が頂上に到達する寸前に止まり、少女は無意識に止めていた息をそっと吐き出す。
彼女の緊張と微かな緩和に、王の薄い唇の端が優美に上がった。今この場を完全に支配しているのは彼だった。
王は薄衣の上から豊かな双丘に掌を乗せて、張りのある弾力を味わいはじめる。声を出すまいとする彼女の引き結ばれた唇が、却って嗜虐心を煽ったらしい。気の強そうな紺碧色の瞳を縁取る長い睫毛が、微かに震えているのを見て、王は更に深く微笑む。
彼は彼女の胸元に唇を寄せると、美しい鎖骨を甘噛みした。
やはり、無意識に彼女の肩が強張る。王は相好を崩した。
「そう固くなるな。無理に啼かせたくなる」
人を食った物言いに、少女は唇を噛みそうになって寸前で堪える。
彼に、逆らってはならない。彼が王という絶対的な立場である事ももちろんだが、それ以上に、彼をもっと油断させねばならない。少女には果たすべきもうひとつの使命があるのだ。――即ち。
「……どうぞ、陛下のお望みのままに――」
瞳を伏せたまま、紅く彩られた唇が上辺だけで殊勝な言葉を紡ぐ。彼はひょいとおとがいを掴まえると、艶を帯びてふっくらとしたその唇に、息を封じ込めるように遠慮なく口付けた。
「ん……、」
はじめは馴らすような、啄むキスだった。しかし少女が徐々に唇の感触に慣れるのにつれ、王のキスはしっとりと濃厚なものになる。
「ふぁ……っ」
息が苦しくなって僅かに唇を開くと、その隙間から躊躇なく男の舌が忍び込み、彼女のそれを捕まえる。ちゅ、ちゅく、と濡れた淫猥な音を立てながら何度も唇を吸われ、舌を軽く噛まれては、初めて与えられる感触に脳が加熱される。
まるでそれ自体がひとつの生き物のように、猛々しい舌が彼女の口腔内を犯していく。大きな手は豊かな胸をまさぐり続けていて、薄い生地のドレスの下で胸の中心が固く張りつめていた。
いつの間にそんな反応が起こったのか気付く余裕もなく、ただひたすら現状の恥ずかしさに目尻を濡らしていると、ようやく唇を解放した彼の舌が、それを舐めとった。
「泣くな」
「泣いてません!」
思わず上げてしまった彼女の勝気な声に、王はさもおかしそうに喉を鳴らして笑った。
可愛げがなかったかと彼女はおおいに慌てる。
冷静さを保てない自分が悔しい。
こんな風に翻弄されるために王宮に来たわけではない。本当は、彼の命を奪うために王宮に来たのだ。そのためには彼を女色に溺れさせねばならないのに、肝心の王にその気を失くさせてどうする?
「あの、すみません……」
「何が?」
神妙な謝罪をからかう声が問い返す。
「いえ、その…興醒めな態度をとってしまったのでは……」
従順さに欠けたのは明白である。しかし王は鷹揚に笑った。
「些か、な。でも気の強い娘は嫌いではない。馴らし甲斐があるからな」 -
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