「まだいたのか」
　そんな憎まれ口を叩きつつも、オリヴィアに従って、椅子に腰掛けてくれる。
　約束を守ってくれるのは救いだ。
　それに、ギルバートを待つ間、オリヴィアは授業の計画と必要な資材の用意もできたので、結果的によかったと自分を納得させた。
「閣下、まずは食事のマナーからはじめましょう」
　オリヴィアはギルバートの横に立ち、空の皿と銀のカトラリーを並べてみせる。
「空の皿でなにをしようっていうんだ」
　ギルバートは不機嫌そうに顎を引いて顔をしかめる。
「食事のマナーを学ぶだけなのですから料理は不要でしょう」
「料理もないのに食事の真似ごとをしろっていうのか？　そんなの道化のやることだろ。王族のやることじゃない」
「道化も立派な職業ですよ。それに、食事のマナーもわからない王族など、道化よりも滑稽ではないでしょうか」
「お前は生意気だな」
　忌々しげにぎろりと睨まれて、びくりと身をすくめる。
　ギルバートは顔立ちが整っているせいで、眉間に皺が刻まれるだけで迫力が出る。それにオリヴィアは誰かに睨まれたことなどなかったので、本当のところ、怖くてちょっと泣きそうだった。
　しかし今は男としてここにいるので、容易く怯えるわけにはいかない。
「口が過ぎました。申し訳ありません……厳しいくらいに指導するように、とグレアム様に仰せつかっておりますので」
「ふうん。確かにグレアムなら言いそうだが、今までの講師は俺にもっと気を使ったぞ」
「それで解雇されているのなら、私は踏襲するべきではないでしょう」
「なかなか弁が立つじゃないか」
　そう言いながらも、ギルバートは、じっとオリヴィアを見上げてくる。
「……前を向いてくれませんか？」
　じろじろ眺められて、オリヴィアは居心地が悪くなる。
「俺は騎士でもあるからな、信用ならない相手からは視線を外さないようにと、訓練を受けている」
「昼間にお会いしたときは、閣下は私を見ても起き上がりすらされませんでしたが」
「それはお前がまだ、嘘をついていると気づかなかったからだ」
「嘘とは……？」
　はっとしたときには遅く、オリヴィアは彼に手首を掴まれていた。
「な、なにをするんですか！」
　強く引かれて、思わず高い悲鳴をあげそうになるのを必死で我慢する。
　オリヴィアは足を踏みしめて抵抗しているはずなのに、ギルバートはまるでナプキンを膝に広げるくらいの容易さで、オリヴィアを膝の上に乗せてしまった。
「ひょろひょろだと思ってはいたが、案の定、ひ弱だな」
「や、やめてください！　悪ふざけが過ぎますよ！」
　抗議もどこふく風のギルバートは、オリヴィアの両手を拘束してしまう。
　オリヴィアがなんとか逃げ出そうと暴れても、ギルバートの大きく長い指は、びくともしなかった。
「ひ弱だからと私を馬鹿にされるのですか？　マナーを教えるのに、強さなど必要ないでしょう」
「そうだな、そのとおりだ」
　ギルバートはまるで、猫が獲物をいたぶるような調子で続ける。
「だが、お前がその格好でいる必要もないんじゃないのか？」
　当然といったふうに投げられた台詞に、オリヴィアは、はっと息を詰める。
「……なんの話ですか？」
「まさか、とぼけるのか？」
　ギルバートが、悪魔じみた歪な笑みを浮かべる。そして嫌がるオリヴィアをぐっと抱き寄せて、とっておきの秘密を打ち明けるみたいに顔を寄せる。
「どうしてお前、男の格好をしているんだ？」
「……！」
　ぞくぞくと背筋をかけ上がる悪寒に、オリヴィアは跳ね上がるようにしてもがいた。
「わ、私は男です！」
　動揺して思わず高い声を出して、しまったと息をのむ。
「へえ、そうなのか？　ずいぶんと柔らかい男だな」
　くすくす笑いながら、ギルバートはおもむろにオリヴィアの胸をわし掴んだ。
　突然の暴挙に、オリヴィアは悲鳴すらあげられなかった。
「確かに年頃の女というには肉づきがよくないが」
　ギルバートの大きな手は、綿で隠されていたオリヴィアの乳房を器用に探りあてて、小さな胸の尖りまで的確に摘んでみせる。
「余計なお世話です！」
　屈辱と恥ずかしさで、顔が爆発しそうに熱を持つ。
「離してください！」
　もはや品のよさなどかなぐり捨てて、オリヴィアは闇雲にもがいた。けれどギルバートの両腕の拘束は強まるばかりだ。
　一見すればギルバートは、白鳥を思わせるすらりとした優雅さがあるのに、二の腕は鋼鉄かと思うほど硬くて、手のひらは分厚い。
　まるで無力な虫の気分だと、オリヴィアは思う。圧倒的な力の差に、なすすべもなく弄ばれるばかりの。
「そんなに暴れるなよ、お前の言っていることが本当かどうか、確かめているだけだろう？」
「やめてください！」
「ほら、こっちもぺったんこだ」
「ヒッ！」
　ギルバートはあろうことか、オリヴィアのボトムスの中にまで手を突っ込んできて、脚の間を手で掴んだ。
　誰にも触れられたことのない場所を乱暴に揉まれて、オリヴィアはあまりのことに頭の中が真っ白になる。
「おかしいな、男だと言うなら、ここにあるはずの棒と袋はどこにある？　いくら小さいといっても指で触ればわかるだろうに」
　意地悪く耳元で囁きかけられて、絶望的な気持ちになる。
　脚の間で、ねっとりと動く指先は、決して痛みを与えるものではなかった。
けれど粘膜をまさぐるような動きを、オリヴィアのそこはひどく敏感に拾う。人さし指が彼女の割れ目をくすぐる小刻みな動きに、震えが走る。未知の感覚におそろしくなる。
「は、離して、ください」
　動揺でうまく力がはいらない手で、オリヴィアは必死で引っかいて抵抗する。
「そんなひ弱な抵抗じゃ、まるで誘っているようだぞ……」
　こすこすと指でしごくように割れ目の先端部分を擦られて、オリヴィアの腹の奥から、じんとした、奇妙な熱をはらむ痺れが湧き上がってくる。
「あっああ、だめです、そこは」
「ん？　そうか、可愛い声を出して。ここがいいのか？」
　彼の太くかさついた指は、リズミカルにオリヴィアのそこを刺激する。
　そのたびに、股間にせり上がってくるなにかがどんどん満ちてきて、ついに境界を越えた。
「い、いやっ……あっ！」
　くる、と思ったとたんに、びくびく！と勝手に腰が震えて、じゅわっと熱いなにかが漏れた。
　オリヴィアは目を見開いた。なにが起こったかわからず、呆然とする。それをギルバートがおもしろそうに眺めている。
「イッたのか……案外感じやすい……」
　ふいにギルバートが、ぱっと拘束を外し、オリヴィアを解放した。
「クソ、興ざめだな」
　ギルバートは、まだ彼の膝の上にへたり込んでいるオリヴィアの目元を乱暴に擦る。
　オリヴィアはその指先が濡れていて、自分が泣いているのに初めて気づいた。
「……申し訳ありません、人前で泣くなど」
　オリヴィアは頭を下げる。震えが止まらないせいで、もう低い声を偽ることもできなくて、絶望的な気持ちだった。
　せめて三日間だけでも男と気づかれずに働けていたら、クビになったとしても穏便に終わっただろうに。
　これでは自分は、ただ家族に迷惑をかけに来ただけのようなものだ。
「確かに私は男ではありません。騙して申し訳ありませんでした」
　そう言うと、自然と目から涙があふれた。
　こんなにすぐ、暴かれるなんて思いもしなかった。王族を騙した罪で罰せられてしまうだろうか。両親に孝行するつもりが逆効果だった。
　せっかく王都まで来たのに、こんなことになるなんて。
　オリヴィアは自分の愚かさを後悔して項垂れる。目を閉じるとますます悲しくなった。男だとばれただけではない、ひどくプライベートな場所を触られて、あろうことかなにか　……少し、漏らしてしまった気がする。
「……！！！！」
　オリヴィアの涙腺が決壊し、ぼたぼたぼたっと大粒の涙がこぼれ落ちた。
　と同時に、彼女の中でなにかがぶつんと切れた。
「ひどいですわ！　ギルバート閣下！」
　わっ！と声をあげて泣き崩れながらオリヴィアは叫んだ。
「興ざめってなんですの!?　私、あれほどやめてくださいとお願いしたのに！　ひどいです！」
「おい、ちょっと」
　泣きじゃくりながら訴えると、ギルバートが怯んだ様子でオリヴィアを膝からどかす。
「なんですの、その反応！　さぞや私のことをみっともないとお思いなのでしょうね！」
　オリヴィアは涙腺とともに、すっかり感情の制御が壊れてしまったようで、口が止まらない。
「それはもちろん、私はギルバート閣下のように美しくも高貴でもない、ただの世間知らずの田舎娘ではありますが」
「そこまでは言っていないが」
「それでも両親に愛され、周囲からは大事に育てられてきました。あなた様のように、私にひどいことをなさる方などいませんでした……あのように乱暴な行為なんて初めてで……だから私はそのせいで」
「お、おい」
　ふたたびぶわっと涙がせり上がってきて、オリヴィアは顔を覆った。
「屈辱ですわ！　十九になって人前でお漏らしをするだなんて！」
「お漏らし？」
「子供のころから私は上品だと褒められていましたのに！」
　涙があふれるままに訴えると、痺れを切らしたようにギルバートが声をあげた。
「わかった！　わかったから泣くな！」
「何がわかったというのですか！　面倒くさいとお思いなのでしょう!?　さっさとこの場から消え去れとでもお思いなのでしょう？」
「落ち着け、とにかくお前をクビにはしない。面倒だとも消えろとも思ってない！」
　意外な返事に、オリヴィアの涙がぴたりと止まる。
　顔を上げると、ギルバートがきまり悪そうに顔をしかめていた。
「お前、どうせ俺が野蛮で、女性と見れば見境なく襲ってくると思って男装してきたんだろ。心配するな、俺にだって好みはある。お前みたいに貧相な女は趣味じゃない」
　非常に失礼な話をしながらも、ちらりとオリヴィアを見てくる。
「俺だって講師として雇うのなら男がいい。貧相な女連れでうろついて、俺が貧乳好きだと勘違いされたらたまらんからな」
「二度も貧相と言いましたね」
　思わずむっとしてオリヴィアは返す。
　調子が戻りだしたオリヴィアに、ギルバートはにやりとする。
「お前は貧相な女だが、頑張りは認めてやろう。男としてなら雇ってやる」