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試し読み
危険な予感をごまかそうと、ありとあらゆる理由を持ち出してみるも、鏡の中の彼の目が異様な輝きを帯びているのに気が付くや否や、身が竦んでしまう。
先ほどまでの紳士的な態度が嘘のように、彼の獣のように鋭い双眸は獰猛さを剥き出しにしていた。気のせいだと思い込もうとするも、反射的に全身が鳥肌立って、身体の奥が熱を帯びる。
彼の指が背筋へと触れてきた瞬間、思わず熱いため息を漏らしてしまう。
背中の編み上げのリボンを彼の指がゆっくりと解いていく感覚にゾクゾクする。
(ああっ、だ、駄目……どうして……こんなに!?)
極力意識せずにいようと思えば思うほど逆に神経が研ぎ澄まされて、彼の指先が背筋に触れてくるたびに感じてしまう。
(きっとこの目のせい……お願いだから、そんな目で見ないで……)
薄く開いた目に飛び込んでくるのは、眉根を切なそうに寄せて耳まで顔を赤く染め上げた自身の恥ずかしい表情と──ベルトランの鋭い獣の双眸。目を逸らしたい衝動に駆られるも、その強い目力に囚われてしまう。
室内が怖いほどに静まり返っていた。
彼の指が背中の編み上げのリボンを解く音しかしない。
せわしない心臓の鼓動が彼に聞こえてしまうのではと、クリスタは気が気ではない。そんなことあるはずないと頭では分かっていても。
やがて、ベルトランが彼女の両肩に手を置くと、ドレスが肩から床へと滑り落ちた。
ついにドレスを剥かれてしまい、ペチコートと下着姿になってしまったクリスタは、羞恥のあまり胸元を手で覆い隠す。
ベルトランはその手を丁重な手つきで解くと、手の甲にキスをしてから再び背後から彼女を抱きしめた。
そして、黙ったまま彼女のこめかみと首筋へとキスをした。
「──っ!?」
首筋に柔らかな感触を覚えると同時に、クリスタはビクンっと身体をしならせて、たまらず熱い吐息を漏らしてしまう。
すると、その反応に触発されてか、ベルトランはさらに強く首筋を吸ってきた。
「あっ……あぁ……」
あまりにも官能的な刺激が身体の奥を走り抜けて脳へと突き刺さり、クリスタの唇からは甘い声が漏れ出てきてしまう。まるで吸血鬼に襲われているかのような妖しい思いが
(着替えとは関係ないはずなのに……なぜ?)
鏡越しに目で彼へと問いかけるも、ベルトランは不適な微笑みを浮かべるだけで何も答えるつもりはない様子だった。
何事もなかったかのように屈めていた身体を起こすと、鏡の傍のラックからクリスタが選んだドレスを手にとって彼女へと着せていく。
(さっきのアレはなんだったの? ただ単にからかわれただけ?)
ワインとシャンパンの酔いが回る頭では、まともに考えることすらできない。
たださっき吸われたばかりの首筋に残された痕が気になって仕方ない。心身がよりいっそう熱く疼いて内側から掻きむしりたい衝動に駆られる。
「なるほど、確かにこのドレスは君によく似合っている。君の見立ても大したものだ」
立体的なカッティングのドレスは一目で高価なドレスだと見てとれる。
蝶をモチーフにしたレースをあしらった飾りが、肩から胸元を覆うようにあしらわれていて、裾は繊細なレースとチュールとが折り重なるようにして優美なドレープを描いている。ただ、アシンメトリーなつくりとなっているため、膝丈のドレスではあるものの丈の短い側の太ももが露出していて少し心もとない。
「裾が少し気になるかね?」
「は、はい……もう少し長ければ……と……」
「この程度の長さであればまったく問題ないと思うが──」
ベルトランの手が裾へと伸ばされてきて、クリスタは反射的に足を強く閉じた。
すると、いったんは鳴りを潜めたはずの獰猛な光が再び彼の目へと蘇る。
「──今、私に何をされると期待したのかね?」
「な、何も……」
我ながら白々しいとは思いながらも、クリスタは必死に知らないフリを貫く。
しかし、そんなぎこちない嘘はたちまち見抜かれてしまう。
「嘘はよくない。足の力を抜きなさい」
「っ!?」
(え? 今……なんて?)
とんでもないことを丁重な口調で命じられ、一瞬本当に彼の口から紡がれた言葉なのだろうか? と耳を疑う。
だが、もう一度、同じ台詞をさっきよりも強めに言われて我に返る。
「君の言葉が嘘か誠か確かめさせてもらうだけだ」
「…………」
心臓が動悸の針で貫かれて、全身の血が異様なまでの興奮に沸き立つ。
(た、確かめるって……ど、どうやって?)
とてつもなく恥ずかしいことだろうということはなんとなく予想もつくが、それが具体的にどういった行為であるかまでは想像もつかない。
ただ、ここで彼に抗えば、それは彼の指摘を認めることになってしまう。
クリスタは激しい戸惑いを取り繕いながら、足の力を抜いてみせた。
すると、彼の手が太ももから内腿へと滑り込んだかと思うと、ショーツ越しに柔らかな箇所へと触れてくる。
(っ!? う、うそっ!? そんなところ……触られるなんて……)
予想だにしなかったことをされて頭の中が真っ白になったクリスタは、パニック状態へと陥ってしまう。
「やっ、だ、駄目……です……そこ……は……」
「やはり、君は嘘をついていたようだな」
ため息交じりに呟くと、ベルトランは足の付け根へと差し込んでいた手を引き抜いて、それをクリスタの目の前へと見せつけた。
彼の指先はぬらついていて鈍い光沢を放っている。
それは紛れもなくクリスタの情欲の証に他ならなかった。
罪状を突き付けられたかのような錯覚を覚えて、クリスタは恥じ入る。
「私としても君の期待に沿いたいところだが──さすがに改めたほうがいい」
ベルトランは彼女の耳元に熱のこもった低い声色で囁いたかと思うと、挑むような目つきで濡れた指先を口に含んで見せた。
「っ!?」
さらなる未知の衝撃に、クリスタは言葉を失って目を瞠る。
(そんな……ハチミツでも味わうかのように……私の……を!?)
とんでもなく淫靡なことをされてしまったような気がして、身の置き所がなくなる。
一方のベルトランは、いつもと変わらない様子でラックにかけられた他のドレスへと目を運んだ。
「他のドレスも試してみるかね?」
「い、いえ……もう十分です……」
もうこれ以上は、心臓か頭かがどうにかなってしまいそうで、クリスタは切羽詰まった表情で首を左右に振ってみせた。
「ふむ、では、同じドレスの色違いもあったほうがいいだろう。ここからここまで全部もらうとしよう」
「っ!?」
一着で十分すぎるというのに、ベルトランが涼しい顔でラックにかかった十着ものドレスを指で示した瞬間、すでにいっぱいいっぱいだったクリスタの中で何かが音をたててぶち切れた。
「だから、そーいうのが駄目なんですって!」
クリスタはこれまでに何度となく胸にくすぶっていた思いを、ついにベルトランへと吐き出してしまう。
ベルトランは眉をひそめて目を細めると、怪訝そうな表情を浮かべる。
「駄目とは? どういう意味かね?」
「こういうものは数が多ければいいってものじゃないです! 吟味に吟味を重ねて選び抜いたものこそ特別だし、大切にしようって思えるもんなんです!」
「それは男性に限った話ではないのかね?」
「いや、男女関係ないですからっ!」 -
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